ブルース&ソウル・レコーズ

“ルーサー”再発記念対談 林剛×森田創 後編

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今若い人に「ルーサーバーガー」(バンズをドーナツにしたもの)が話題だという。その名前の由来とされるのが、稀代のソウル/R&Bシンガー、ルーサー・ヴァンドロスだ。ルーサーバーガーにかぶりついている人が一人でも多くルーサーの作品に触れることを願ってやまない。

そのルーサーのキャリア最初期、彼が率いたグループである“ルーサー”名義の作品が初CD化となった。ソウル・ファンの間で傑作と名高かったものの長く入手困難であった『ルーサー』(1976年)と『ディス・クロース・トゥ・ユー』(1977年)の再発売を記念して、音楽ジャーナリストの林剛氏と、製作や執筆など音楽シーンで幅広く活躍している森田創氏、 “ルーサー愛”に溢れたお二人の対談をお届けしよう。

こちらの記事は後編です。前編はこちらからご覧ください。


──“ルーサー”の2作はそれぞれ色合いが異なりますね。

林:ファースト・アルバム『ルーサー』は〈ファンキー・ミュージック〉を筆頭に、ニューヨークでディスコが流行り出す時の空気感が詰め込まれたアルバム。バラードもありますが、ディスコ色がすごく感じられるアルバムですね。セカンドの『ディス・クロース・トゥ・ユー』はすごくトム・ベルっぽいフィリー・ソウル感があって、バラード中心なんですよね。『ルーサー』はニューヨークのスタジオとフィラデルフィアのシグマ・サウンド・スタジオで録音していますが、フィリー感はあまりなくて、ニューヨーク録音のセカンドの方がフィラデルフィア・ソウル感がすごくある。ルーサー自身としてはフィリー・ソウルっぽいことをやりたかったのかもしれないですね。

森田:僕もセカンドを初めて聴いたときは、フィリー・ソウルというイメージでした。

林:フィリー・ソウルだけでなくて、ニューヨークのプロデューサー、パトリック・アダムズが手がけたブラック・アイヴォリーとか、70年代初頭のヴァン・マッコイ作品の流れにあるニューヨークのスウィート・ソウルの延長みたいな感じもあります。フィリーに影響されたニューヨーク産スウィート・ソウルみたいな。そして編曲は両作ともダイアナ・ロスやアシュフォード&シンプソン作品を多く手がけたデトロイトのアレンジャー、ポール・ライザーがやっています。ルーサーはダイアナ・ロスやアシュフォード&シンプソンのファンでしたから、その辺りの匂いもします。

──モータウンやフィリー、そして地元のニューヨークのサウンドが織り込まれた作品といえるわけですね。

林:ルーサー・ヴァンドロスは“ルーサー”について「僕にとってのテンプテーションズであり、グラディス・ナイト&ザ・ピップスだった」というイメージを持っていて、ダイアナ・ロス&ザ・スプリームスとテンプテーションズの共演盤のようなアルバムを作りたかったということらしいです。『ディス・クロース・トゥ・ユー』は5人から3人にメンバーが減りますが、ジャケットの裏面にはその2人を“フィーチャード・ソロイスツ”とクレジットしています。ジャケットの表のデザインからルーサーのソロ作品のように思われがちですけれど、裏にはちゃんと2人が出ていて、単にバック・コーラスではないんだと示しています。

森田:グラディス・ナイト&ザ・ピップスはグラディスがフロントにいて他のメンバーは控えめな感じで、“ルーサー”もルーサーが前にいて他のメンバーがいるということですね。なるほど、モータウンというのも腑に落ちました。

林:(モータウンで活躍した)ポール・ライザーを起用したというのも、モータウンに対する強い憧れからきたものだと納得できます。ルーサーは1988年のアルバム『エニー・ラヴ』で、『ルーサー』に収録のバラード〈ザ・セカンド・タイム・アラウンド〉をセルフ・カヴァーしています。

そして『ディス・クロース・トゥー・ユー』に入っている〈ディス・イズ・フォー・リアル〉を、自身がプロデュースしたアレサ・フランクリンのアルバム『ジャンプ・トゥ・イット』でアレサに歌わせています。ルーサーもこの時代の曲に思い入れがあったのでしょう。

──お二人は同世代ですが、ルーサー・ヴァンドロス(作品)とはどのようにして出会いましたか。

林:私は『エニー・ラヴ』(1988年)をリアルタイムで聴きましたが、その当時はまだルーサーに夢中になることはなく、R&Bへの関心が高まっていった90年代の〈パワー・オブ・ラヴ〉などのヒットで惹かれていきました。そこから遡ってチェンジやさまざまなアーティストやプロジェクトのバック・コーラスのメンバーに参加しているのを知って、過去作も聴いていった感じですかね。

森田:僕も同じです。リアルタイムで認識したのが『エニー・ラヴ』。その翌年に2枚組の『ザ・ベスト・オブ・ルーサー・ヴァンドロス』が出てしばらくはこればかりを毎日繰り返し聴いてどっぷりとはまりました。我々と同世代の人はこの2枚組でルーサーを知った人は多いと思います。実際にこのアルバムが80年代で一番売れました。

林:そうそう、私もそうでした。これはオリジナル・アルバムといっていいぐらい有名なベスト盤ですね。ベスト・アルバムだけど新曲も入っていて、〈ヒア・アンド・ナウ〉でしたっけ。

森田:ブラック・コミュニティの結婚式定番ソングですね。その2枚組にはシェリル・リンとのデュエット曲も入っていて、チェンジもこれで初めて聴きました。あと当時、久保田利伸さんもルーサーのことが大好きで、ご自身のラジオ番組でルーサーのことをよく話題にして曲をかけてくれていたり、音楽誌での鈴木啓志さんによるルーサーのヴォーカル賞賛があったり、様々な音楽媒体でルーサーが紹介されていたことがベスト盤を買う後押しになりましたね。

──ルーサーは数多くのアルバムがありますが、これからルーサーを聴くという人に薦めるとしたらどれになりますか。

森田:アルバムは全て素晴らしいので一枚選ぶのは難しい。あえて選ぶとしたら最初に出会った2枚組のベスト・アルバムか『ライヴ〜ラジオ・シティー・ミュージック・ホール』(2003年)。これはルーサー唯一のライヴ・アルバムで、来日公演が実現しなかったことを考えるとより価値が増す一枚です。ルーサーのどのライヴ映像を見ても、ルーサーが登場してひと声出しただけでお客さんがキャーキャー叫ぶんですよ。このライヴ・アルバムもお客さんがもの凄いです。

林:観客がルーサーの歌声に純粋に惚れていますよね。オリジナル・アルバムでこれ一枚となると、やはり『ネヴァー・トゥー・マッチ』(81年)でしょうか。曲で言うと〈ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉の終盤。ディオンヌ・ワーウィック版にはない、アドリブのところが肝です。シカゴのラッパーのトゥイスタとカニエ・ウエストの〈スロー・ジャムズ〉という曲があって、2004年に全米ナンバーワンの大ヒットになりましたが、その曲の中でルーサーの〈ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉を早回しでループして使っています。〈スロー・ジャムズ〉自体がソウル・ミュージックのオマージュで、最初のジェイミー・フォックスの歌い出しが「マーヴィン・ゲイ、ルーサー・ヴァンドロス……」。マーヴィン・ゲイの次にルーサーが出てくるんです。その次がアニタ・ベイカー。

森田:ルーサーはカニエ世代にとってのヒーローというのがわかりますね。

林:ソウル・クラシックとして〈ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉の終盤がいかに大事かということです。〈スロー・ジャムズ〉は当時の若い世代にルーサー・ヴァンドロスを知ってもらう一つのきっかけになったかもしれません。

森田:「ルーサー節」って何ですかって聞かれたら……

林:〈ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉の終盤です。

森田:この曲は先ほど紹介した2003年のライヴ・アルバムでも聴けますが、ルーサー節へのお客さんの黄色い歓声がものすごい。ルーサーはめちゃくちゃ「ため」をきかせるんですけど、我慢できなくて叫んでしまうお客さんもいたり、まさに興奮の坩堝。

林: ライヴといえば思い出します。2005年に初めてエッセンス・ミュージック・フェスティヴァルを観にニューオーリンズに行ったんです。現地に到着するとWYLDというニューオリンズのブラック・ミュージックの専門のラジオ局でルーサーの曲ばっかりずっと流れているんですよ。そうしたらルーサー・ヴァンドロスがたった今亡くなりましたと。ホテルのベッドメイキングのお姉さんがずっと〈ソー・アメイジング〉を口ずさんでいるから、ルーサー好きなんですか?って聞いたら、いや今日ずっと流れているから覚えちゃったって。フェスの会場に行ったら、その日はもうルーサーのトリビュートみたいになって、ルーサーの〈ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉を全員が大合唱している。みんな当たり前に歌える。ニューオーリンズの街全体がルーサー一色になっていましたね。黒人の人たちからすると、ルーサーはセルアウトしていない人って感覚があったんだと思います。

森田:日本人にもファンがいるし、もちろん白人にも聴かれていたけれど、なによりブラック・コミュニティに愛された人でした。

林:日本では熱心なファンはいても一般的にはあまり評価されていないって意味を含めるとメイズに近い存在ですが、ブラック・コミュニティでは精神的な支柱になっているような感じの人だと思います。生活レベル、日常レベルで、当たり前に存在しているシンガーというか。日本での過小評価は、やっぱり佇まいが影響しているのかな。ルーサーはダブルのスーツを着て、直立不動で歌うイメージで、日本で人気のある自作自演型のソウル系シンガーのように“ミュージシャン”というイメージが薄い。

森田:アルバム・ジャケットも本人のバストアップの写真ばかりで、その印象を強めていますね。

林:私はジャケットに顔が大きく映っている方が信頼できます。顔が出ているものこそいい歌が聞けるっていう自分の中での勝手なイメージがありますね。偏見ですけれども。

森田:ルーサーはヴォーカリストとしてもすごいですけど、彼が幼少から好んで聴いていたり、影響を受けたアーティストを自身でプロデュースして全て成功させていますね。アレサ・フランクリン、ディオンヌ・ワーウィック、テディ・ペンダーグラス、テンプテーションズ……ディオンヌはルーサーと出会っていなかったら、“懐かしの人”で終わっていたかもしれないですよね。そしてパティ・ラベル。僕は本誌の「ルーサー」のアルバム紹介記事内でルーサーはパティもプロデュースしている表現をしましたが、正確にはルーサーが「一番コラボレーションしたアイドル」がパティです。あと、ルーサーはクラシックなソウルのカヴァー曲を必ずアルバムの中に入れたりして、温故知新の精神があるのが素晴らしい。

ディオンヌ・ワーウィックとルーサー・ヴァンドロス/Photo by Jim Smeal/Ron Galella Collection via Getty Images

林:先のサム・クックや、テンプテーションズの〈シンス・アイ・ロスト・マイ・ベイビー〉とか。

森田:ソウルの名曲だけじゃなく、ポップスからカントリーまでいろんなジャンルの曲をカヴァーしていますね。そのカヴァーも自分のものにしちゃうから、最初聞いたときはカヴァーだとわからない。歌の力で自分のものにできるのは、やっぱり強みだと思います。ルーサーがカヴァーしたことでオリジナルの曲を知ることも多かった。その点で時代と時代をつなげる架け橋の役割も果たした人でした。

林:〈クリーピン〉もスティーヴィ・ワンダーの曲だし、カヴァーをいかに自分で料理するかというのはアレサ・フランクリンも同じですね。アレサも自分のオリジナルのようにしてしまう。ルーサーはそれをアレサから受け継いでいるのだと思います。それにルーサーの歌は余韻までが美しい。

森田:本当にその通り。素晴らしい。

2024年6月24日 都内にて


●2024年4月19日リリース:『ルーサー』(1976年作品)

すべての楽曲をルーサーが書き下ろし。力強くファンキーなビートと、モータウンで数多くのヒットを生んだポール・ライザーによる流麗なアレンジに乗って歌い上げるルーサー節が心地よい。ナット・アダレイJr. (キーボード)など、80年代以降のルーサー・サウンドを形成するキーマンが早くも参加している。

●2024年6月7日リリース:『ディス・クロース・トゥ・ユー』(1977年作品)

前作に続き、全曲ルーサーが書き下ろし、ポール・ライザーが編曲を担当。バックを固めているのは、ナット・アダレイJr.(キーボード)やコーネル・デュプリー(ギター)、ウィル・リー(ベース)ほか東海岸の敏腕ミュージシャンたち。シックのナイル・ロジャーズ(ギター)も参加している。フィリー・ソウル的な甘く心地よいメロディーと歌声は前作以上に高く評価されている。

【プロフィール】
ルーサー・ヴァンドロス(1951年4月20日生~2005年7月1日没)

1951年生まれ、NY・マンハッタンのロウアー・イースト・サイド出身。1972年にブロードウェイ・ミュージカル『ウィズ』で彼が作曲した曲が採用されたことからショウビズ界でのキャリアがスタート。デイヴィッド・ボウイが彼にアレンジとバック・ヴォーカルを依頼して一躍注目を集める。売れっ子ヴォーカル・アレンジャー&セッション・シンガーとしてバーブラ・ストライサンドやダイアナ・ロス、ロバータ・フラックなど多くの有名シンガーのコーラスを務めた後、Epic Recordsから1981年にソロ・シンガーとして『ネヴァー・トゥー・マッチ』でデビューする。タイトル曲の他にも、バート・バカラック作のバラード〈ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム〉がヒットし、一躍80年代のブラック・コンテンポラリーの旗手に躍り出た。そのヴェルヴェットのようにスムーズでゴージャスな歌声と独特な歌唱スタイルは、現代の男性R&Bシンガーたちに大きな影響を与えた。また、デュエットの名手としても知られており、シェリル・リン、ディオンヌ・ワーウィック、マライア・キャリー、ジャネット・ジャクソン、ビヨンセなどと多くのヒット曲を残した。1998年にVirgin Recordsに移籍し、その後クライヴ・デイヴィス率いるJ Recordsに迎え入れられる。2003年、ラスト・アルバムとなった『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』をリリースし、初登場で全米No.1を獲得するも、同時に脳卒中で倒れ闘病生活に入る。2005年7月1日、54歳で亡くなる。
これまでにグラミー賞8部門を受賞(ノミネートは31回)、アメリカン・ミュージック・アワードを8度受賞。

【リンク】
公式ウェブサイト(英語) www.luthervandross.com
ソニーミュージック公式ウェブサイト(日本語) www.sonymusic.co.jp/artist/LutherVandross/
“Luther”予約(1曲目“Funky Music”を試聴できます):luthervandross.lnk.to/luther
“This Close To You”予約:luthervandross.lnk.to/thisclosetoyou