70歳で現役バリバリも今や珍しくはないが、これほどまでとは! パトリース・ラッシェンの、バンド・メンバーのひとりとしてではない、主役としては13年ぶりとなった来日ツアー。その2日目、7月6日にビルボードライブ東京で行われた2ndステージは、満員の客席が大いに沸いた、誰もが大満足のショウだった。
冒頭、上下に配置したキーボード2台を操り、パトリースが"Number One"を奏で始める。82年のアルバム『Straight From The Heart』収録で、今も昔もダンス・フロアで人気のインスト曲。身体が自然と揺れるこのオープニング・ナンバーでもう、懐かしの……ではなく、現在進行形のパトリース・ラッシェン・バンドで魅せに来てくれたのだと知る。続く"The Hump"は、クラビネットもファンキーな77年の『Shout It Out』収録曲。歌い、ソロも弾いてと大忙しのパトリースだけど、満員の客席を前にプレイするのが実に楽しそうだ。
お次は78年の『Patrice』中の人気曲”Music Of The Earth”。50年近く前と遜色ないキュートな歌声にはさすがに驚いた。そして、キーボードも弾くアレクシス嬢のコーラスがとてもいい。パトリースの教え子だったそうで、若き日のパトリースを思わせるハイトーン・ヴォイスは、主役の歌声と混じり合い味わい豊かなケミストリーを生み出していた。
"Settle For My Love"は79年の『Pizzazz』収録曲で、スロウ・グルーヴの人気曲。ヒップホップで多くサンプリングされてきたのは、ジャズ、ファンク育ちのパトリースゆえの「ループ感の心地よさ」に対する深い理解があってこそ。そして、音楽の学理を知る彼女ゆえの「理にかなったソングライト」あってこそだろう。指を鍵盤上で絶え間なく動かしつつ、歌う彼女を近い距離で見ているとあらためて、コードとメロディの親和性が突出している彼女のソングライトのすごさが伝わるようだった。
『Straight From The Heart』収録のダンス・ナンバーのひとつ、"I Was Tired Of Being Alone"が始まると、主役はステージ中央に進み出て歌う。そして、『Shout It Out』収録のメロウなインスト"Stepping Stones"を挟んで奏でられた、"Remind Me"のあのイントロが聞こえると客席はさらに盛り上がる。無数にサンプリングされ、ヒップホップ・ソウルの雛形としても再評価されて以降、彼女の新たな代表曲となった『Straight From The Heart』収録曲。再びステージ中央に歩み出た主役は、サビを歌わせ、この曲を客席と共有出来ることを喜んだ。
この後、パトリースとは80年代から付き合いのあるドラマーのレイフォード・グリフィンが紹介され、彼とパトリースのかけ合いのような形で97年の『Signature』収録インスト曲"Arrival”が奏でられる。エレピを弾きまくる主役は、バンド演奏を心から楽しんでいる。続いてはサックス奏者のラスティン・カルフーンをフィーチャーした新曲"Song For A Better Day"。静かで熱いプレイにひと際引き込まれる瞬間だ。このツアーのメンバーは先述したふたりを始め、ベーシストのアンドリュー・フォード、トランペッターのマイケル“パッチェス”ステュワートもまた腕利きの大ヴェテラン。どんな曲調でもタイトに演奏する様はとにかく心地よかった。
"Feels So Real (Won't Let Go)"は84年の『Now』収録の、ドラム・マシンTR-808を用いたスロウ・グルーヴのヒット曲。808サウンドは近年また旬であり、この夜最も「2025年の音楽シーン」にフィットしていたのがこの曲だと感じた。もちろんそれはパトリースも理解していて、この曲の終盤で若いメンバーふたり、アレクシスと、ギターのエンゾ(彼もまたパトリース先生の元教え子だそう)のソロをフィーチャー。このバンドの同時代性が特に際立つ場面だった。
最後は、"Haven't You Heard”(『Pizzazz』収録)、"Forget Me Nots"(『Straight From The Heart』収録)と2大ダンス・ヒットを続けて大団円。三たび主役がステージ中央で歌い、ショルダー・キーボード姿まで見せてくれた後者は特に、この夜多くいたディスコ世代に人気絶大で最大の盛り上がりに。後半に聞かせたインスト・ジャムはプリンスの、もともとはパトリースのために書いた曲だという"I Wanna Be Your Lover"のそれを思わせたりもしてニヤリとなった。円熟の演奏技術と、客席を楽しませる術、それに音楽に対する情熱は増すばかりの70歳は、無敵に見えた。今後の活動も楽しみにしていたい。
◆Member
Patrice Rushen(Vo,Key)
Enzo Iannello (Gt)
Rayford Griffin (Dr)
Andrew Ford (Ba)
Rastine Calhoun (Sax)
Michael “Patches” Stewart (Tr)
Alexis Angulo (Key, Vo)
文:小渕晃
協力:ビルボードライブ