アメリカ南部ルイジアナ州ラフィエ(Lafayette)出身のミュージシャン/ギタリスト、サム・ブロサード。スティーヴ・ライリー&ザ・マムー・プレイボーイズの一員としての活動でも知られる彼は、知る人ぞ知る存在といっていいかもしれない。
昨年(2024年)バリー・ジーン・アンセレ博士との共同プロジェクトで発表したアルバム『Le Grand Silence And Other Stories』は、サウス・ルイジアナの伝統に現代性を加えたルーツ・ミュージック・アルバムとして高く評価されており、この機会にあらためて注目したいギタリストだ。
本誌No.184掲載のインタヴュー記事では、キャリアや音楽業界の問題点など、幅広く話してくれた。話はそれだけにとどまらず、ケイジャン音楽の特徴や家族のことなど興味深い話を語ってくれたので、ここにお届けしたい。(編集部)
[取材・文/はたのじろう]photo courtesy of Sam Broussard
サム・ブロサード(以下SB)「今日は自宅のスタジオから、ノイマンの美しくて大きなコンデンサー・マイクを前に話しているよ。ここは自分の生まれた家なんだ。またこのスタジオは“Conception Studio”と呼んでいるんだけど、音楽をconceive(思考)することもできるし、赤ん坊をconceive(受胎)することもできる。というのも正にここで私がconceive(受胎)されたからね(笑)」
──サニー・ランドレスがサムの家は近かったと言っていたのでシムコー・ストリートの辺りですよね。
SB「そうだよ、シムコー・ストリートから凄く近い。エンジニアのトニー・デイグルもシムコー・ストリートに住んでいる。線路の向こう側(across the railroad tracks)で、英語では“治安の悪い方”という意味なんだけどね(笑)」
──確かグラント・ストリートの近くだったかと。
SB「グラント・ストリートから線路を渡って徒歩60秒のところだよ。問題の多い場所だけど、12、3年は住んでいるだろう(実際にシムコー・ストリートは線路に並行するグラント・ストリートを渡ると、治安が良くない地域に入る)。彼は実に素晴らしいエンジニアで、いつも良いアイデアを出してくれる。だから一緒に仕事できることを嬉しく思うよ」
──あなたの自宅近くは安全な地域ですか?
SB「ああ、(右手で銃を形作り)これを除けば。
──銃声が聞こえるのですか?
SB「そう、パンデミックの時に凄く恐ろしいことがあったんだよ。他にすることが無かったから録音をしようと思って、ヘッドフォンを付けて、このノイマンを前に置いていた。そうしたら銃声が聞こえたんだ。しかもかなり大きな音で(笑)。5、6件離れた場所からだったんだけど、そこは借家でドラッグの売人らしき人が住んでいたんだ。警官と話をしたところ、家の中にいた人が外から誰かが窓越しに覗いていたと思い込んだようで、銃を持って外に出て発砲したらしい。ドラッグの影響で被害妄想になっていたのかな。午前1時位で周辺が静かだったし、このマイクで拡大された上にヘッドフォンで聞いていたものだから、とんでもなく大きな音になって、エコーもかかっていた。発砲はさほど頻繁ではないけれど、暴力沙汰は以前より増えていると思う」
──カトリーナ(2005年8月末にアメリカ南東部に甚大な肥大をもたらしたハリケーン)の時も状況は良くなかったですよね。
SB「ああ、あの時も良くなかった。バリー(・アンセレ)と制作した最新作の“Rita Come Follow Me Down”はカトリーナの曲なんだよ。多くの人がカトリーナの曲を作っているけれど、私は少し異なる観点から作りたいと考えていたところだったんだ」
──カトリーナの直後に襲来したリタはキャメロン・パリッシュを壊滅状態にして、ホリー・ビーチのボビー・チャールズの家も全壊してしまいました。
SB「ああ、そうだった。我々はリタの後にホリー・ビーチに行ってボビーの息子が所有していたクラブで演奏したんだ。そこで彼に『父親に電話をしてこのクラブで歌ってくれるように頼んだらどう?』と話してみた。しかしボビーは人前に出るのが苦手だったから乗り気では無かったようだね。彼は大麻を沢山吸っていて、私が彼と一緒にレコーディングをした時もそうだった。彼のような人は時々変わったことをするよね。世捨て人の如く一人で暮らしていたけれど彼はそれでOKだった。スタジオでミュージシャンたちと一緒にいた時もそれでOKだった。また誰かが彼を訪問したとしてもそれはOKだっただろう。しかし彼は自分から人々のいるところに行こうとはしなかった。だから人々との社会的な繋がりがほとんどなかったんだよ。私の友人が彼の家に行った時に冷蔵庫を開けてみたそうなんだけど、そこにはザリガニのパイしか入っていなかったらしい(笑)」
──それしか食べていなかったとか?
SB「そうかもしれない。同じものばかり食べていたから亡くなってしまったんじゃないか? しかし彼は実に美しい曲を書いていたよね」
兄が45回転のレコードを家に持って来て、私を音楽好きにさせてくれたんだ
──ご家族について伺いたいのですが。
SB「姉が一人と兄が一人いるよ。『Geeks』のカヴァーは姉が描いた絵で、パリのノートルダム大聖堂にある像が素材になっている。“私は何も知りませんけど?”みたいな表情をしているよね(笑)。また兄がとても面白い人なんだ。今は大学の中にKRVSというラジオ局があるけど、それができる前に彼は実験的なラジオ局を運営していたんだ。当時彼は大学生で、やりたいことが二つあったらしく、一つは本物の黒人音楽を聴くことだった。ビル・ヘイリー&ザ・コメッツみたいに綺麗な白人音楽ではなくて、ビッグ・ビル・ブルーンジーのような古い黒人音楽が聴きたかったんだね。そして二つ目が素敵な女の子と出会うことだった(笑)。私の父は無線技師で自分でラジオを製作してしまうような人だったので、その父の助けを借りて、兄はラジオの送信機を作ったんだ。それを放送室の壁のコンセントに挿すと、電力網がアンテナの働きをして、大学全体にラジオ放送ができたらしい。そこで兄は女子寮の掲示板に『お気に入りの曲が聴きたい時には、この4桁の番号に電話してね』という告知を書いたんだ。そんな訳で1年程は調子良くやっていて、好きな音楽をかけたり女の子との出会いもあったりしたみたいだよ。彼の学部にはレコード、マイク、机にコンソールと機材は全て揃っていて、あとは送信機だけが必要だったけどそれも手に入れて、全てがうまく行っていた。しかしある晩のこと、ある女子学生が間違えてラジオ局ではなく学部長の部屋に電話をしてしまい、そのお偉いさんが寝ているところを起こしてしまったんだよ(笑)。『ねえ“Alley Oop”(ハリウッド・アーガイルズのヒット)をかけてくれない?』『キミは一体誰なんだ?』『あっラジオ局と思って電話しました』『どこのラジオ局だ?』といった具合で大問題になって、結局そのラジオ局は閉鎖されててしまった。そんな兄が45回転のレコードを家に持って来てくれて、私を音楽好きにさせてくれたんだ」
──ケイジャン音楽やザディコは聴いていましたか?
SB「ケイジャン音楽は聴いていたよ。しかし今まで考えたことがなかったけど、当時ザディコはあまりラジオで流れていなかったんじゃないかな。ケイジャン音楽は沢山かかっていたけどね」
──テレビ番組でもケイジャン音楽が演奏されていたんですよね。
SB「その通り。土曜の朝に地元のテレビ局でアルダス・ロジェーが30分番組を持っていて、いつもそれを見ていたよ。そういえば確か1972年だったと思うけど、地元のラジオ番組を録音していて、今もそのテープを持っているはずだ。当時はコロラドに住んでいて、ラフィエでフランス語のラジオ番組を録音しては持って行ったんだ。それを友人たちに聴かせると「なぜルイジアナの人々がフランス語を話しているんだ?」って不思議そうだったよ。ルイジアナでフランス語が話されているなんて誰も知らなかったようなんだけど、一方で私も皆がそれを知らないことを知らなかった(笑)」
──ギターを始めたのはいつ頃ですか?
SB「14歳の時だった。姉がシアーズ・ローバックの40ドルのアコースティック・ギターを持っていたからそれを借りて弾き始めたんだ。それからすぐ後にフェンダーの安い1ピックアップのムスタングを手に入れた。その前に父が姉のギターにマイクを仕組んでレコード・プレイヤーに突っ込んだことがあって、『どうだ、これがお前のエレキ・ギターだ』と自慢気に言うんだけど、それは酷い音だった(笑)。そしてホロー・ボディでギブソンES335に似たヨーロッパ製のコンラッドというギターを手に入れたんだ。それは後に手放してしまったけれど、今も持っていたら価値が上がっていたはず。また何年製かは不明だったけれどゴールドトップのレスポールも持っていて、これも手放してしまった。当時は賢くなかったから価値が分かっていなかったんだよ」
──サニー・テリー&ブラウニー・マギーと演奏経験があるという記事を読んだのですが。
SB「ああ、それは共演したのではなく、同じ舞台に立ったということだよ。1970年だったと思うけど、彼らが演奏した直後に我々が出演したんだ。マンチャイルドというクロスビー・スティルス&ナッシュのようなフォークソングを演奏するバンドで、我々の演奏は余り良くなかったけど、偉大なミュージシャンと舞台を共有できて良い経験だった。マンチャイルドのデイヴィッド・バンクストンは最高の作詞家で今でも付き合いがあるよ」
(オンライン取材にて)
続きは近日公開!
本誌No.184へもインタヴュー記事を掲載!併せてお楽しみください。
BARRY JEAN ANCELET / SAM BROUSSARD
Le Grand Silence And Other Stories
BARRY JEAN ANCELET / SAM BROUSSARD
Broken Promised Land
※アンセレ博士とのプロジェクト第一弾