ブルース&ソウル・レコーズ

【SPECIAL INTERVIEW】SONNY LANDRETH INTERVIEW 9年ぶりに日本の地を踏んだルイジアナの奇才ギタリスト

ルイジアナを拠点に活動するギターの奇才、サニー・ランドレス。彼が2016年の《Live Magic!》出演以来9年ぶりの来日公演を行なった。1988年、ジョン・ハイアットの『Slow Turning』ツアーに同行して初来日し、その後《ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル》に2回出演(2003年、2012年)。通算で5回目の日本公演となった。
バンド抜きの全くのソロという形でビルボードライブ東京にて2日間、4回の公演を行なった。このような形での公演は珍しいのではと思うが、2003年の公演もやはりバンドを伴わない形であったのを思い出す。今回はエンジニアのトニー・デイグルが同行して彼をサポートしていた。

今年はサニーがかつて行動を共にしたザディコの巨匠、クリフトン・シェニエの生誕100周年の年であり、それに合わせたアルバム『A Tribute To The King Of Zydeco』に彼も参加している。また、昨年公開された映画『ボビー・チャールズ 極楽の歌』にも彼は出演しており、ご覧になった方も多いだろう。

今年74歳となったサニーだが、活動のペースが落ちることはないようだ。
来日時に行なったインタヴューを誌面(No.187)とウェブに跨って紹介しよう。

[取材・文/陶守正寛]Photo by Masanori Naruse


──前作『Blacktop Run』から5年経ちましたが新作の予定について教えてください。

SL「うん。始めているよ。これまで曲を書いていたし、アイデアも沢山出しているしね。あとは、トニー(・デイグル)のスタジオに行ってレコーディングを始めるという感じかな」

──では、もう曲は用意できているということですか?

SL「いや(笑)。まだ用意はできていないけど時機にできるよ。契約はしたからやらなければいけないんだ。締め切りが設定されているのはいいことだよ。僕はその方がうまく仕事ができるんだよ」

──1曲はレコーディングしたと言われていましたよね?

SL「そう、ここへ来る直前にね。まだ、それだけだよ。1曲1曲ずつだな。そういうやり方は実は普通ではないんだけどね。以前は、僕は自宅でデモを作って準備をしてから制作にかかっていたんだよ。今回は、それをせずに時間をかけて取り組んでいるよ」

──バンドのメンバーは前回と同じですか?

SL「うん。ブライアン・ブリグナックがドラムスで、デイヴ・ランソンがベース、ゲストも入れるよ。バンドでやる曲もあるし、いくつかはソロでやる予定だよ」

──今回の公演のような感じでしょうか?

SL「そうだね。いつくかのアイデアを試してみてるんだ。それがどんな感じになるのかね」

──シンディ・キャッシュダラーとツアーをしているそうですね。

SL「うん、もう数年になるかな。年に数回という感じで始めて増やしていったんだ。今年はもう3、4回ツアーに出ているよ。彼女はラップ・スライドをやるから、デュオでやると違いを見せることができるからいいんだ。それぞれの独自の音があってそれが融合すると特別なケミストリーが生まれるんだよ」

──彼女とレコーディングする予定はありますか?

SL「もちろん! 彼女のアルバムにライヴの曲を入れる予定になっているよ」

──デュオのアルバムはどうでしょうか?

SL「それもいいね。よく聞かれるから、やらないとね」

──ボビー・チャールズの映画に出演されていましたね。彼とはいつ頃知り合ったのでしょうか?

SL「彼とは何度も会っていたけど、彼はいつも酔っ払っているかハイだったからなかなか覚えてくれなかったんだ(笑)。初めて会ったのは1970年代だね。でも一緒に仕事をするようになったのは90年代になってからだよ。ドックサイド・スタジオで彼がレコーディングするようになってからだね。彼はその近所に住んでいたんだ。その頃には彼はクリーンになっていて、曲も書くようになってたし、やる気になっていたよ。僕らは彼が昔やった曲や、他の人のために書いた曲を沢山やった。素晴らしい経験だったね。僕は“See You Later, Alligator”とか、彼の曲を聴いて育ったんだからね。彼はシンプルに物事を伝えるという類まれなる才能を持っていた。少ない言葉で多くを伝えることができたんだ。彼はとても個性的な人だったよ。
彼がスタジオにやってきても何も準備はされていないんだ。で、彼は僕に音楽監督の役割を期待しているわけ。あるとき、サム・ブロサードと一緒にプレイしていて曲がどんな感じなのか探り合っていたんだ。ボビーは何も書いてくれなかったから。楽器も弾かないしね。彼はただやってきて僕に曲を歌って聴かせるんだよ。あとは、僕らはコードが何なのか考えるわけ。彼は『いや、それじゃない。他の何かだ』と言うので、『じゃこれは?』というと『それだ。僕の頭にあったのはそれだよ』とそんな感じだ。かなりワイルドだったね。でも、彼は大きな存在だったよ」

──彼は付き合いやすい人でしたか?

SL「僕には付き合いやすかったけど、彼は短気だったよ。トニーがコントロール・ルームで音を調整するんだけど、そのためには僕らはずっと音出しを続ける必要があった。ボビーはヴォーカル・ブースにいて、これだぜ!って感じで全霊を込めて歌っていたんだけど、僕らが演奏を止めたら『なんで止めたんだ? 畜生! いい感じだったのに!』て感じでね(笑)。僕は『まず音を調整しないと』と言ったら彼は落ち着いて、わかったと言ってくれたけどね。
でも全てが終わり、座って完成したものを聴いている彼はとても幸せそうだったね。彼は音楽ビジネスで嫌な経験を沢山していたからね」

本誌No.187へもインタヴュー記事を掲載!併せてお楽しみください。