『ボブ・マーリー:ONE LOVE』
いま再び世界が求める―。ひとつの愛/ワン・
[文]妹尾みえ
◆ラスタカラーに身を包まなくても
世界が認めるレジェンド、ボブ・マーリーを描いた映画が5月17日に公開される。
命を賭けて創造した音楽の一つひとつが胸に訴えかけてくる。訳詞を追いかけながら、ジャンルを超えて愛された曲の数々に大音量で包まれるうちに、普遍的なメッセージとともに新たなボブ・マーリー像が浮かび上がってくる。ドレッドヘアにしたり、ラスタカラーを纏わなくても、必死に今を生きようとしている一人ひとりの中にボブ・マーリーのストーリーが生まれていくにちがいない。
私自身、これまでブルースやソウル・ミュージック、ヒップホップ等を通じ、社会と対峙しながら音楽に向き合うミュージシャンの姿をそれなりに理解してきたつもりだった。だがボブ・マーリーのエピソードは一層激しい。
彼は革命家ではない。音楽家だ。それでも、ここまでして自分を鼓舞し、人の前に立ち演奏しなければならないのか、と呆然とする瞬間もあった。私たちは、なぜ歌うために人前に立つのだろうか。そして音楽を求めるのだろうか。確かなバイブレーションを感じながら、音楽の力とひと言で片づけるにはあまりにも大きな表現のエネルギーのありかを考えずにいられなかった。
同時に、たった一人でギターを弾きながら曲を仕上げていく姿や、阿吽の呼吸で曲を仕上げていくスタジオワークの様子からは、尖鋭的なメッセンジャーとしてではなく、一人のミュージシャン、あるいはソングライターとして持ち合わせていた根源的な豊かさを知ることができるだろう。
とてつもないエネルギーに負けじと、俳優陣も熱演している。ボブ・マーリーを演じたキングズリー・ベン=アディルは公民権運動の時代を舞台にした「あの夜、マイアミで」(Amazon Prime Videoで視聴可能)ではマルコムXを演じた人。人間味が滲む彼の演技によって、より自然にボブ・マーリーに接することができた。
◆神ではなく人間として
ストーリーは36年間という短い人生のうち、1976年から78年にスポットを当てて描かれる。76年は対立するジャマイカの二大政党による総選挙の行われた年であり、国民的スターのボブ・マーリーはこの政治闘争に巻き込まれ妻も暗殺未遂に遭う。身の安全のためロンドンに渡りパンク・ムーヴメントも目撃しながら、20世紀最高のアルバムとも絶賛された『エクソダス』を制作。瞬く間に世界的スターになっていく一方で、母国の政情不安は深刻化していく・・・・・・。
要所要所に白人であった父への複雑な思いや、デビュー前の様子、そして家族との時間なども折り込まれ、ボブ・マーリーを形づくったものを多角的に見せていく。
製作陣には妻でシンガーのリタ・マーリーやジギー、セデラといった子どもたちが名を連ねる。ともすれば伝説的な側面ばかりが強調されるのではないかとの不安がよぎったが、むしろ夫として父親として本当の姿を伝えたいと願ったようだ。悩んだり、自堕落だったり、自分勝手だったりする人間臭さが、より彼の音楽にリアリティを感じさせてくれる。一人の人間として自分を解放し、愛する家族や仲間とピースフルに暮らしたいとの思いがあったからこそ、彼は社会とも闘ったのだろう。「ONE LOVE」のメッセージが今もなお私たちに響き続ける理由はここにある。
また自身もシンガーとして開花することを夢見ながら、妻として多くの葛藤を抱えて生きてきた妻のリタ・マーリー(ラシャーナ・リンチ)が強い存在感を示しており、女性の視点から見たボブ・マーリー像が新鮮だ。
◆ジャマイカとアメリカR&B/ソウルの濃い関係
タイトルになった<One Love>のオリジナルは、すでに65年のザ・ウェイリング・ウェイラーズの1stアルバムに収録されている。言われなければアメリカのコーラス・グループと見間違うようなジャケットだが、若者たちは海を越えて入ってきたファッツ・ドミノ、エイモス・ミルバーン、ルイ・ジョーダンといったリズム&ブルースやロックンロールに胸を高鳴らせていた。特にジャマイカ公演も行ったファッツ・ドミノの影響は絶大で、ボブ・マーリーは「レゲエはファッツ・ドミノから始まった」とそのパワーを賞賛している。
こうしたジャマイカで1950年代に生まれたのが「メント(Mento)」と呼ばれるカリプソにも似たポップ・ミュージック。この「メント」とアメリカ産「リズム&ブルース」、そしてトリニダード・トバゴ産の「カリプソ」が混じり合い、60年代に入るとアフタービートを強力に強調した「スカ」が登場。一転スローで甘みな「ロックステディ」の流行を経て、60年代後半に誕生したのが「レゲエ」だ。
特にボブ・マーリーの生きた時代のそれは「ルーツ・レゲエ」と呼ばれる。映画にもたびたびキーワードとして登場する「ラスタファリアニズム」。エチオピアの皇帝ハイレ・セラシェをジャー=救世主として崇め、アフリカ回帰を唱える宗教的な性格の強い実践運動だ。ラスタとしての生き方を土台にしたメッセージ性の強い音楽は、アメリカで公民権運動の際に支持されたカーティス・メイフィールドの在籍したジ・インプレッションズやジェームズ・ブラウンやからも大きな影響を受けている。
本当にさわりの部分ではあるが、こうした背景を簡単におさえておくとより映画が楽しめるだろうし、ジャンルに縛られることなく、ボブ・マーリーの遺した音楽からもう一度音楽と世界を見渡す機会になるはずだ。
オリジナル・サウンドトラックはCD/LPでの発売も決定している。
『ボブ・マーリー:ONE LOVE』
いま再び世界が求める―。ひとつの愛/ワン・
2024年5月17日日本公開!
公式HP:bobmarley-onelove.jp
公式X: twitter.com/BM_OneLove_JP
予告編: youtu.be/qmY0DbmZmPk?si=8j3Evm5DOKr_bCWZ(海外版本予告)
youtu.be/RGDWGp18E7M?si=oL5Oym1_vzeF1Gnk(日本オリジナル予告)
全米公開:2024年2月14日
日本公開:2024年5月17日
<キャスト>
キングズリー・ベン=アディル(『あの夜、マイアミで』)
ラシャーナ・リンチ(『キャプテン・マーベル』『007/ノー・
<監督>
レイナルド・マーカス・グリーン(『ドリームプラン』)
<製作>
リタ・マーリー、ジギー・マーリー、セデラ・マーリーほか
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