【取材・文】BSR編集部
【取材協力】Destination DC / コネクトワールドワイド・ジャパン
ワシントンD.C.といえば、そう、誰もが知るアメリカ合衆国の首都だ。州に属さない連邦政府直轄地であり、正式名称はコロンビア特別区(District Of Columbia)。先の大統領選でもたびたびニュースに映し出されていたが、ホワイトハウスや議会議事堂、連邦最高裁判所など重要な政府機関が鎮座しており、政治がらみのイメージが強いかもしれない。しかし、かつてデューク・エリントンやマーヴィン・ゲイらを輩出し、多くの素晴らしいミュージシャンたちが今も活動拠点としている「音楽の街」でもあるのだ。
そんなワシントンD.C.の魅力を日本でも知ってもらおうと、去る10月19日~20日に行われた《すみだストリートジャズフェスティヴァル》にワシントンD.C.観光局がPRブースを設け、それに合わせて来日した《DCジャズ・フェスティヴァル》のCEOで自身もシンガーとして活躍するサニー・サムター、ピアニストのクリス・グラッソというDCのトップ・ミュージシャンふたりによるパフォーマンスが両日披露された。
フェスに先立ち、サニー・サムターとクリス・グラッソの両氏、そしてワシントンD.C.観光局(Destination DC)のCEOであるエリオット・L・ファーガスン氏にDCジャズ・フェスのことや、音楽ファンにおすすめのスポットなどを伺った。
DCジャズ・フェスティヴァルの歴史と取り組み
アメリカでは9月の第一月曜日は「レイバー・デイ」の祝日で、《DCジャズ・フェスティヴァル》はその週末に開催される。20周年を迎えた今年も8月31日~9月1日の両日、ウォーターフロント・エリア「ザ・ワーフ」をメイン会場として、市内のみならず近隣地域の様々な場所で100組以上がパフォーマンスを繰り広げた。
その歴史の始まりは、ディジー・ガレスピーのマネージャーだったチャールズ・フィッシュマンと彼の妻で弁護士のステファニー・ピーターズがレストランで会食中にアイデアを描いた1枚の紙ナプキンだった。それは《デューク・エリントン・ジャズ・フェスティヴァル》として実を結び、以来20年間、《DCジャズ・フェスティヴァル》と名を変えてDC屈指の音楽フェスとして愛されている。
サムター「このフェスは非営利団体が運営しています。繫栄し続ける芸術形式としてジャズを創造し、DCでジャズ文化を打ち立てていくことを目的としています。代表的なイヴェントは《DCジャズ・フェスティヴァル》ですが、若者へのジャズ教育プログラム、提携している30以上の国の大使館との共同企画など年間を通じて行っています」
その中には日本大使館も含まれ、これまで渡辺貞夫や狭間美帆らがDCに招聘されたそうだ。フェスの出演者にはトラディショナルなジャズ・ミュージシャンだけではなく、コモンやDナイスなどもラインナップされているが、それには理由がある。
サムター「ジャズにインスパイアされたアーティストも数多く出演しているのは、そうすることでフェスに推進力が生まれると信じているから。そういったエネルギーもジャズの魅力なのです」
ファーガスン氏によると、ジャズ・フェスの時期はDCを訪れる旅行者にとって格好の機会だという。
ファーガスン「レイバー・デイに掛けて宿泊料金が安くなりますからね。日本から訪れるのでしたら直行便もありますし、空港から市街地までは地下鉄が利用できるのでとても便利ですよ。市内には16の美術館や博物館、動物園があって、ジャズ・フェスなど無料で楽しめる催しがいろいろと楽しめます。ジャズ・フェスもザ・ワーフだけでなく街のあちこちで行われていますから、DCのさまざまな地域を体験出来ると思います」
音楽の街、ワシントンD.C.
ジャズ界の巨人デューク・エリントンの生まれ故郷であり、キャリア初期の礎を築いたのがワシントンD.C.だった。その活動拠点となったのが、20世紀初頭から黒人コミュニティが根付き、《ボヘミアン・キャヴァーンズ》といったナイトクラブやリンカーン劇場があった「ブラック・ブロードウェイ」の愛称を持つUストリートだ。
ファーガスン「それぞれの時代にさまざまなアーティストがUストリートで活動してきました。政府関連の仕事も多く、よりよい経済環境を求めて南部から多くの人が移住し、DCに非常に大きな黒人コミュニティが築いていたのです。アーティストたちにとっても、そこに定住できることは利点でした。ニューヨークまで車で3時間半、その間にはバルティモアやフィラデルフィアが位置し、DCは地理的にも利便性が高かったこともあります。Uストリートでジャズ・アーティストたちは黒人の伝統を受け継いでいき、地元出身者も移住者もある種の共同体意識で繋がっていたのです」
そういったDCの土壌に惹かれこの地をホームとしたミュージシャンは枚挙にいとまがない。エリントンを筆頭にジェリー・ロール・モートンやシャーリー・ホーン、ビリー・テイラー、フランク・ウェス、サニー・グリアといったジャズの巨人たちが名を連ね、ブルース好きには東海岸特有のピードモント・スタイルで活躍したジョン・シーファスとフィル・ウィギンズのコンビが知られている。ボ・ディドリーやロイ・ブキャナンも一時期DCを拠点としていた。ソウルだとマーヴィン・ゲイやロバータ・フラック、テリー・ハフ、ザ・モーメンツ(レイ、グッドマン&ブラウン)、ピーチズ&ハーブ、ザ・ユニフィクスなどがいる。DC発Go-goミュージックの先駆者チャック・ブラウンも忘れられない。ミュージシャンではないが、あのアトランティック・レコーズの創設者アーメット・アーティガンもDC出身だ。Uストリートでエリントンやビリー・ホリデイらを観て育ったことでレコード会社設立を決心したという。
加えて、DC地域だけで大学が19校あり、各地から多くの若者が集まることも彼の地の音楽シーンを活気づけている理由だとサムター氏はいう。
サムター「音楽を専攻する学生の多くはDCに残って地元ジャズ・コミュニティを発展させています。そこから世界的なジャズ・アーティストになった人も多いですし、ジャンルを越えてR&Bやソウル、ゴスペル、ロック、カントリーの最高のアーティストと共演している人たちもいます。キャリアを築くためDCを離れる人もいますが、私たちは彼らを応援していますよ」
サムター氏の母校であるハワード大学もその19校のひとつ。カマラ・ハリス副大統領らを輩出した「黒人のハーバード」と呼ばれる歴史的名門黒人大学で、ソウル好きにはロバータ・フラック、中退はしたがダニー・ハザウェイの出身校として有名だろう。ザ・ユニフィクスも同大学の学生で組まれたグループだった。DCで生まれ、ハワード大学で学び、地元ジャズ・フェスのCEOとなったサムター氏もまた、同地の黒人コミュニティの音楽的系譜を継承したひとりだ。
サムター「DCでは何十年にもわたって素晴らしいミュージシャンたちが活躍していました。だから私も大人になったら音楽をやりたいと思っていたんです。私の家の4軒隣りに、ブラックバーズの創設メンバーで、ドナルド・バードに師事したケヴィン・トニーが住んでいました。彼の薦めでデューク・エリントン芸術学校に入学し、その後ハワード大学に進んだのも彼のおかげです。何世代にもわたり音楽のバトンを繋いでいった素晴らしい系譜がDCには存在します。私はエラ・フィッツジェラルドのベーシストだったキーター・ベッツにレッスンを受けましたが、その数年後に彼は私のレコードに参加してくれました。すべてが繋がっているのですね」
音楽を聴くならここ! DCのおすすめスポット
DCでは《DCジャズ・フェスティヴァル》の他に《スミソニアン・フォークライフ・フェスティヴァル》や《DCブルース・フェスティヴァル》といったフェスが毎年開催されているが、それ以外にも年間を通じて音楽を楽しめるスポットが数多くある。いま行くべきおすすめのスポットは——。
サムター「まずは《ブルース・アレイ》ね。ジャズだけでなく、ブルースやR&Bのアーティストが観られます。DCで人気の高い《930クラブ》のオーナーが最近オープンさせたDC最大級のクラブ、《アンセム》もいいわね。もう一カ所おすすめなのは《ミスター・ヘンリーズ》。キャピタル・ヒルにある国会議事堂のすぐ近くの店で、ロバータ・フラックにゆかりのある場所として有名です。ハワード大学を卒業した彼女が公立学校の教師をしながら毎週末に演奏していた、彼女の“家”のような店です。ファースト・アルバムのジャケット写真もそこで撮られたものよ。
ケネディ・センターでは年間を通じてジャズ・コンサートが開催されています。また、スミソニアン博物館系列に新しく加わったアフリカ系アメリカ人歴史文化博物館でもスミソニアン・ジャズ・マスターワークス・オーケストラによる素晴らしいプログラムが催されています」
グラッソ「ウェストミンスター教会で毎週金曜日に行われているジャズ・ライヴには是非行ってもらいたいね。地元フットボール・チーム、ワシントン・レッドスキンズ(現ワシントン・コマンダーズ)の元選手であり、素晴らしいヴォーカリストでもあるディック・スミス牧師がオーガナイズしていて、もう25年続いています。DCジャズ・シーンの第一線で活躍している人たちがほとんど演っていますよ。そこに行けばDCの“鼓動”を感じられると思います」
ファーガスン「特に日本の皆さんにおすすめしたいのは毎年春に行われる《全米桜まつり》です。日本から贈られた桜を記念して行われるものでDCの観光シーズンの始まりを告げる大きなお祭りです。ジャズなど音楽に関連したイヴェントもありますよ」
いま注目のDCアーティストたち
最後に、現地の音楽シーンに精通したお二人にいま最も注目しているアーティストを挙げていただいた。
サムター「ストリング・クイーンズね。ケンドール・イサドレとドーン・ジョンスンのヴァイオリン奏者ふたりと、チェロ奏者のエリ―ス・シャープのトリオで、彼女らはみなDC出身です。ケンドールとエリースはハワード大学、ドーンはジュリアード音楽院の出身。ジャズからR&B、ソウル、クラシックまでジャンルを越えたスタイルが大人気で、どこの公演もソールドアウトです。昨年のウィンブルドン・テニスのテーマソングを手掛け、試合会場でパフォーマンスもしました。いま世界的にセンセーションを巻き起こしています。
もうひとりはクリスティ・ダシエル。ハワード大学で誕生したアカペラ・グループ、アフロ・ブルーのリード・ヴォーカルを務め、NBCの番組『The Voice』に出演して注目を集めました。彼女は本当に素晴らしいわ。たぶんグラミー賞にノミネートされるでしょうね」
グラッソ「ずっと一緒に活動しているからバイアスが掛かっているかもだけど、素晴らしいヴォーカリスト、シャラン・クラークをおすすめするよ。ここ数十年、彼女はDCジャズ・ヴォーカル・シーンで女王的存在であり続けている。15年前、とあるロシア人ピアニストが私たちのウェストミンスター教会での演奏をYouTubeで観て彼女をロシアに招聘したんだ。それ以来、世界中をツアーするようになった。今年のDCジャズ・フェスでもクリーガー美術館で一緒に演ったよ。彼女のパフォーマンスは是非観て欲しいね。
あと、DCにはアコースティック・ベースの工場があるせいなのか、素晴らしいベーシストがたくさんいます。ベン・ウィリアムズ、コーコラン・ホルト、エリック・ウィーラー、クリス・ファン、アミーン・サリームとか。エリックがカサンドラ・ウィルスンと共演していたり、それぞれ活躍していますよ。みんなデューク・エリントン芸術学校出身の同世代。子供だと思っていたけど、もうみんな40歳ぐらいになるのかな?(笑)」
「DCを訪れる際は私たちのウェブサイトをチェックしてください。音楽や演劇、グルメなどDCを楽しむ情報が満載です。その時期にどんなコンサートやイヴェントがあるか分かりますよ」とファーガスン氏。《桜まつり》や《DCジャズ・フェス》をお目当てに行くもよし、Uストリートで歴史に思いを馳せながらクラブ回りをするもよし。ワシントンDCに脈打つ音楽の鼓動を是非一度は体験していただきたい。
ワシントンD.C.観光局(Destination DC)ウェブサイトwashington.org/ja/
DCジャズ・フェスティヴァル ウェブサイトwww.dcjazzfest.org/