今日のR&Bやソウル・ミュージックなどの重要なルーツであり、ロックにも影響を与え、ジャズとも繋がり、ブルースとも深く関係するゴスペル。創刊以来、本誌ではブルースやソウルだけでなく、ゴスペルの魅力もさまざまな記事で読者に伝えてきました。No.76(2007年8月号)から続く佐々木秀俊さんの連載『ゴスペル・トレイン~ゴスペル界の名士たち』もそのひとつ。その大人気連載をウェブで第1回からお届けします。“聖なるエンタテインメント”=ゴスペルの世界へようこそ!
【第5回】「ジュビリー・スタイル」の代名詞的存在 ― ゴールデン・ゲイト・カルテット
[文]佐々木秀俊
ゴスペル初期の歌唱スタイルで「ジュビリー」というのがある。現在の「ゴスペル」のイメージとはひと味違い、クールで軽快。多くはないが、こちらの方を愛好する熱心なファンもいる。しかし、その定義にはやや混乱が見られるのでここで整理したい。
最初期(300〜400年前)の黒人キリスト教会で歌われていたのは、白人社会から教えられた賛美歌と、奴隷生活から生まれた黒人霊歌だった。
その黒人霊歌を西欧クラシック音楽の枠に収まるよう編曲したものを、フィスク・ジュビリー・シンガーズが歌って白人社会やヨーロッパで評判を得たのが19世紀後半。それ以来、黒人霊歌は「ジュビリー・ソング(喜びの歌)」の別称で呼ばれ、フィスク・ジュビリー・シンガーズ以降のこうしたタイプの曲を歌うグループも「○○ジュビリー・シンガーズ」と名乗る事が多かった。そのせいか「ゴスペルの歴史」が語られる時に、クラシカルな黒人霊歌を「ジュビリー・スタイル」と説明している文献などをしばしば目にする。違うのである。
ゴスペル史でジュビリー・スタイルという時、それは1920〜40年代に栄えた、音楽的には当時のジャズ・コーラスやバーバーショップ・コーラスとも関係が深い、軽快にスウィングするカルテット・スタイルを指す。そうしたジュビリー・カルテットの代名詞的存在なのが、ゴールデン・ゲイト・カルテット(愛称ゴールデン・ゲイツ、更に略してゲイツ)だ。
各地の黒人コミュニティでは、20世紀初頭からカルテット歌唱が栄えた。それは地方によって特色ある物で、オーソドックスで重々しいアラバマ州、呪術的なサウスカロライナ州……など、このテーマで何冊も本が書ける程豊かに発展した。そんな中で東海岸は軽快なスタイルが特徴だった。とりわけヴァージニア州ノーフォークとその周辺が「ジュビリー・スタイル」のふるさとだ。
この地域からは全国に先駆けてプロのゴスペル・カルテットが輩出した。1921年オーケーに初録音したノーフォーク・ジュビリー・シンガーズだ。当初は「ノーフォーク・ジャズ・アンド・ジュビリー・シンガーズ」と名乗り、霊歌と世俗歌を混合で録音したが(当時はそれが常識だった)、24年以降は専ら宗教歌を録音、後のゴスペル・カルテットの土台を築いた偉大な先駆者となった。
その後輩格として1934年に結成されたゴールデン・ゲイツは37年、ブルーバードに初録音。既に実力的には完璧なプロフェッショナルで、早くも彼らの代名詞〈ゴールデン・ゲイト・ゴスペル・トレイン〉もリリースされている。
ジュビリー・スタイルとは、レパートリーは主として霊歌で、それをクールでスウィンギーなジャズ・コーラスやポップ・コーラスに解釈する。エモーショナルな表現は抑えてあくまでクールに歌う。音楽的には非常に緻密で高度な職人芸で、カルテットの技術的側面は、この時点で極められていたと言っていいだろう。カルテット編成の基本もウッドベースを模したパンピン・ベースも、ジュビリー時代に確立された物だ。そしてゲイツの歌の数々はジュビリーのショウケースだった。30年代後半から40年代初頭までがジュビリーの最盛期で、セラー・ジュビリー・シンガーズ、デキシエアーズ、初代サザン・サンズ等、ゲイツに比肩しうる実力者も現れた。
ブルーバードとオーケーから多くのレコードをリリースし、ラジオ番組にも数多く出演して、ゴスペルに限らずブラック・ミュージシャンとしては抜群の知名度を誇ったゲイツだったが、40年代後半にはジュビリーの斜陽が始まっていた。歌に教会の熱情を採り入れる「ハード・カルテット」が台頭してきたのだ。多くのグループはハード・カルテットにモデルチェンジするか世俗に転向、ジュビリーを貫いたのはハーモナイジング・フォウ等極少数だった。
ハード化の流れの中、ゲイツは49〜50年にマーキュリーとシッティン・イン・ウィズというレーベルにファンが驚くようなハード・カルテット・スタイルで録音、その気になれば何でも出来る実力者振りを誇示したが、やはり自分達本来のスタイルではないと思ったか、50年代からはパリを本拠地に主としてヨーロッパで活動するようになった。
ヨーロッパ移住後、正確な年は分からないが来日もしている。当時ゴスペルに対する認知度は極めて低く(確証はありません。リアルタイムでご存じの方の御教示をお願いします。)、インク・スポッツやデルタ・リズム・ボーイズ等と共にヴォーカル・グループとしてデューク・エイセスやダーク・ダックス等に影響を与えた。
今も現役である。結成以来のメンバー、オーランダス・ウィルスンが長年グループを率いていたが、彼の死後は50年代からのメンバー、クライド・ライトを長老に若いメンバーを補充し、2002年にはヒップホップやR&Bとジュビリーを融合させた(マッチするんだな! これが。)好アルバムをリリース、地道にグループの伝統を守り続けている。
(編集部追記:クライド・ライトは2010年代初頭に引退、その後はオーランダス・ウィルスンの甥の息子ポール・ブレンブリーがグループを率いている。現在のところ2018年リリースの『Music Is ???』(10H10 24)が最新アルバムとなる。)
【基本の一枚】
THE GOLDEN GATE JUBILEE QUARTET
Rock My Soul
(Living Era CD AJA 5650)
“Golden Gate Gospel Train”、“Job”他、1937〜46年の29曲を収録
(初出:『ブルース&ソウル・レコーズ』2008年月号 No.79)