今、ブラジルから続々と新世代のシンガー・ソングライターたちが現れている。近年来日を果たし、ラテン・グラミー賞にもノミネートされたチン・ベルナルデス(オ・テルノ)を筆頭に、ミルトン・ナシメントの後継とも目されるゼー・イバーハ(バーラ・デセージョ)、北米でも高い人気のセッサなど、枚挙にいとまがない。
ペドロ・ミズタニは、そんな注目のアーティストたちのなかでも、とりわけ若い。2025年現在で21歳。そして「ミズタニ」という名字からもわかるように、日本にもルーツを持つ(母方の家系が日本からの移民)。
サーフィンと友人たちを愛する若者だった彼が音楽活動を本格的に始めてから、まだそれほどの時間は経っていない。だが、その知名度はTikTokを通じてあっという間に高まった。新型コロナウィルスの蔓延で一時期世界中がロックダウンされ、人々が孤立感を高めるなか、彼が自作曲「Melhor se Acostumar」を弾き語る姿をTikTokで発信したことが、すべての始まりだった。それがフランスのレーベル、Nice Guysの目に留まり、さらには彼に興味を持ったイギリス人プロデューサー、SKINSHAPE(元パレスのウィル・ドーリーのソロ・プロジェクト)との顔合わせが実現することになった。紹介されるまでSKINSHAPEの音楽は知らなかったというペドロだが、2人のコラボレーションはEP『Pensando Baixo』(2024年)へと結実。高い評価を受け、このケミストリーは次のステップへと進んだ。それがこの最新ミニ・アルバム『Mostrando os Dentes』だ。
ボサノヴァの伝統と若い感受性を併せ持つペドロのシンプルな弾き語りをベースにしつつ、SKINSHAPEが注意深く加えるエレクトロニクスが調和と刺激の両面で音楽をユニークなものへと変えてゆく。世代も国境も超えた音のやりとりで、ペドロのみずみずしい感性がどんどんひらかれてゆくのがわかる。ライバル同士でも、先生と生徒でもなく、まるでサッカーのパスを出し合うように自由で自発的なカンバセーションが、このデュオの音楽を育てているのだ。
ペドロにこれまでの音楽人生や、SKINSHAPEとのコラボレーションなどについて語ってもらった。
取材・文/松永良平
協力/Rambling RECORDS Inc.
──リオデジャネイロ出身のペドロさんは、どのようなコミュニティで育ったんでしょうか?
僕が育ったのはリオの南部地区で、街の中でももっとも裕福で安全、そして観光地としても有名な場所です。文化的で美しさにあふれた、でも同時に暴力や深刻な社会的不平等も存在する、とてもユニークな場所ですね。リオには、サンパウロとは違って日系人はあまり多くないと思います。だから僕の人生のほとんどで、僕みたいな見た目の人は周りにいませんでした。最近、たまにアジア系のカリオカ(リオ出身の人)を見かけるようにはなりましたが、それでもかなり稀です。幼少期からの友人たちは、僕のことを「ジャパ」ってニックネームで呼びます。
──まだ21歳と若いペドロさんですが、音楽を聴くと、自分が生まれるはるか前からあるボサノヴァやMPBに惹かれていたんだと想像します。
古いブラジル音楽に興味を持つのは、とても自然なことでした。子供の頃から音楽やアートが大好きだったし、インターネットとともに育った世代だし、YouTube世代なんです。だから自然とそうした美的感覚がネットからも入ってきて、昔のアーティストたちに興味を持つようになったんです。
──自分で曲を作り始めたのはいつ頃?
13~14歳の頃に曲作りに挑戦したときは、正直ひどい出来で、「向いてないな」と思ってやめてしまいました(笑)。でも、いろんなアートに触れながら、アコースティックギターやピアノもずっと弾き続けていましたし、年齢を重ねるにつれて、少しずつまた曲を書くようになっていったんです。19歳くらいでもう一度ちゃんと曲を作ってみたら、それほど悪くないものができてきて、その流れで「Melhor se Acostumar」が生まれました。それがすべての始まりでした。
──「Melhor se Acostumar」は、あなたがTikTokで弾き語りをして、世界的にアクセスを集めた曲でしたね。
TikTokは、コロナ禍の孤立感に対処するために始めたんです。そしたら、動画がたくさん拡散されてから、Nice Guysから連絡が来て……。まさかそんな展開になるとは思っていませんでした。彼らとフランスで実際に会ってみて、ようやく「音楽が自分の人生でこんなに大きな意味を持っているんだ」って実感できたんです。
──まさにシンデレラ・ボーイ的な出来事ですよね。その後、Nice Guysのフォローを得て最初にSpotifyなどで「Melhor Se Acostumr」を配信したのが2023年2月。そして、矢継ぎ早にファーストミニアルバム『Aperana』が23年9月にリリースされます。当時のペドロさんは19歳。この時期の制作や録音はどのようにおこなっていたのですか?
Nice GuysからはSoundCloudを通じて連絡があり、まずは5曲入りのEPの制作費を出すと言ってくれました。当時は「Melhor se Acostumar」だけが完成していた曲で、あとは方向性や目標を特に決めずに、手探りで「良い」と感じたものを残す、というやり方で作っていきました。
──そして、SKINSHAPEとのコラボレーションで最初に発表された曲が「Eu Pensei」(24年6月)。
『Aperana』がリリースされる前に、レーベルがいくつかのプロデューサーに作品を送った中で、SKINSHAPEが気に入ってくれて、「何か一緒にやろう」と言ってくれたんです。実はそれまで彼の音楽は知らなかったんですが、聴いてみたらすごく良かった。でも、彼が僕の曲をどうプロデュースするのかは正直まったく想像できませんでした。
ロンドンで初めて会ったときは、彼のクールな英国的な雰囲気や機材の多さに少し緊張しました。でもスタジオで作業を始めたら、とても自然に進んでいきました。
──その初対面が、やがて初のコラボEP『Pensando Baixo』(24年5月)へと結実します。コラボレーションを通じて、自分の音楽はどのように変化したと感じていますか? 曲作りのプロセスにも変化が起きましたか?
本格的なスタジオでの録音だし、しかも自分の意見を聞いてくれるプロデューサーとの初めての経験だったので、とても大きな転機になりました。
──最新作『Mostrando os Dentes』では、そのコラボレーションが進化した形を聴くことができます。サウンドは一貫してとても静的ですよね。二人でどんな意識を共有していたんでしょうか?
このアルバムに向かう頃には、すでに自分の中で制作に対する考え方も成熟していて、自然と違う方向から曲も生まれてきた感じがします。もちろん最初のEPの美的感覚は意識していました。でも僕たちが本当に目指していたのは、その制作過程の「自発性」と「シンプルさ」を再現することだったと思います。
──お気に入りの曲や試行錯誤があったり印象的な曲は?
「Sozin」はサウンド的に一番好きな曲です。「Deixar」は聴いていて一番気持ちいい曲。「Canal」は古い曲で、制作中にどの要素を残して音源に入れるかの判断が難しかったですね。EPのタイトルは「Criaturas da Noite」の一節から取りました。あの曲は、ちょっとした冗談のような曲で、友達を笑わせたくて作ったものだったんです。最初に送ったときはかなりラフなデモだったんですが、ウィル(SKINSHAPE)はそれをとても気に入ってくれました。
──このコラボレーションがさらに続く可能性は感じていますか?
ウィルも僕も「固定的な関係」にはあまり興味がないんじゃないかな。でも、また一緒に作品を作ったり、ツアーしたりすることは間違いなくあると思います。実際、今年の初めにSKINSHAPEのヨーロッパツアー数公演でオープニングを務めたんですが、みんなとバンで移動しながらいい音楽をかけて過ごすのは最高でした。
──ブラジルでは今、アコースティックな表現に積極的に取り組んでいる若い世代が増えてきているように感じます。ペドロさんにとっても、ギター1本+αで表現できる音楽に特別な魅力や伝統的な美学を感じる部分があるんでしょうか?
アコースティックのナイロンギターは常にそばにあるし、それで自然と作曲するようになりました。僕はもともと機材やテクノロジーに強いタイプではないので、ある意味「怠けた制限」を自分に課してる感じなんです(笑)。これからキャリアが進んで、もっといろんなリソースが使えるようになったら、より複雑な音楽作りもしてみたいです。ただ、DIY的な美学は今でもとても大切にしています。
──自分の中での日本というアイデンティティ、日本への関心については、どう感じていますか?
母方が日系で、母や叔母たちは日系人として初めて非日系の人と結婚した世代です。僕は母と祖母と姉の3人と一緒に育ちました。家の中はとても日本的な美意識にあふれていて、「無常」や「謙虚さ」といった仏教的な価値観に触れながら育ちました。料理の仕方や、インテリアにある古くてちょっとユニークな、でも小さなことに秩序や気配りを保ってきた感覚がすごく居心地よく感じられるんです。アニメも好きだし、日本のロックやフュージョン、文学も大好きです。そして、ボサノヴァへの愛も母から受け継いだもの。母は自分の父、つまり僕の祖父がこのジャンルに魅せられていたから好きになったんです。もしかしたら、ジョアン・ジルベルトにはちょっと日本人っぽいところがあったのかも、なんて思ったりもします(笑)。
──では逆に、ブラジル人としての音楽に欠かせないものはどんなものだと考えていますか?
ブラジルの文化には「自発性」「共同性」「喜び」「反骨精神」「リズム感」「創造性」「情熱」など、たくさんの要素があります。それを言葉で定義するのは難しいですが、音楽の中にすべてが詰まっていて、それこそが自分のあり方そのものに染みついているように感じますね。
ペドロは、リスペクトしているミュージシャンとして、ジョアン・ジルベルトからトロピカリア・ムーヴメントを支えた伝説的なアーティストたちから最近のブラジルのシンガーやバンドを列挙しながら、エリオット・スミスやアレックス・Gなど欧米からの影響も挙げてくれた。
音楽で未来を切りひらく希望に満ちているこの若者は、これからもっとたくさんのことを知り、広い世界を見るだろう。そして予想もつかない変化を遂げていくだろう。SKINSHAPEとともに日本を訪れる機会もそう遠くないかもしれない。そのときに生まれるだろう新たな感覚のサウダーヂも、今からとても楽しみだ。
MOSTRANDO OS DENTES
PEDRO MIZUTANI & SKINSHAPE