2021.8.6

言葉を失う衝撃映像の数々──映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』

すでに作品を観た人々から絶賛の声が上がり、2021年サンダンス映画祭でも2部門を受賞、その評価がすでに揺るぎないものとなっている映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』。2021年8月27日に日本で劇場公開されるのを前に、試写を観る機会を得た。

映画にしろ何にしろ前評判というのは受け手を身構えさせるものだが、百聞は一見に如かず、この映画はどんなに絶賛の言葉を並べても敵わない、凄まじい映像の宝庫である。ブラック・ミュージック・ファンを驚愕させるだけではない。黒人史やアメリカ史、人権問題、政治と社会活動、コミュニティ、ファッション等、さまざまな要素が盛り込まれ、観る者の感性と思考を大いに刺激してくれる。“音楽映画”と限定するのがはばかられる、壮大な作品なのである。

いささか興奮して書き出してしまったが、本作は1969年開催の《ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル》のライヴ・ステージを軸にした映画だ。同フェスは69年6月から8月にかけて計6回、ニューヨークのハーレム地区にある公園で行われた野外音楽イベントで、そのステージは映像に記録されたものの、ごく一部を除きこれまで公開されなかった。それどころか開催されたことすらほとんど忘れ去られていた。

だがそのフェスの実態を知れば知るほど、とんでもないイベントが69年の夏に開催されていたことに驚く。出演者には、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、スティーヴィ・ワンダー、ニーナ・シモン、B・B・キング、ステイプル・シンガーズ、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、フィフス・ディメンション、エドウィン・ホーキンス・シンガーズ、ヒュー・マセケラ、デイヴィッド・ラフィンといった、当時のUSブラック・ミュージック・シーンの旬のアーティストと実力者が揃い、ゴスペル界の大ヴェテラン、マヘリア・ジャクスンもいれば、ラテン界からモンゴ・サンタマリア、レイ・バレット、ジャズ界からはマックス・ローチ、アビー・リンカーン、ハービー・マンらと、名前を列挙しているだけでテンションが上がってしまう顔ぶれ。そのパフォーマンスの躍動感は、これまでに見ることのできた彼らの映像と比べても格段にオーラが異なる。いったい何が起きていたのだろうか。

メイヴィス・ステイプルズとマヘリア・ジャクソン

B.B.キング

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《ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル》は1967年に第1回、68年に第2回が行われ、69年は第3回目となった。前年68年4月に凶弾に倒れた黒人指導者、マーティン・ルーサー・キングJr.牧師の一周忌を記念して立案されたというこの第3回は、出演者も開催の規模もそれ以前より桁違いに膨らみ、計30万人を動員したという。ハーレム地区といえば全米でも有数の黒人居住区として知られるが、イースト・ハーレムと呼ばれた地域にはラテン・コミュニティがあり、ジャマイカやアフリカ、アジアからの移民も含めて、アメリカのマイノリティたちの居住区でもあった。だからこそイベントの名は「ブラック」でも「アフリカン・アメリカン」でもなく、「ハーレム」なのである。ハーレムで愛されていた音楽文化がギュウギュウに濃縮されたのが、この《ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル》というわけだ。

ハーレムじゅうから集まった何万という老若男女の大観衆(そのほとんどがアフリカ系)を前にアーティストたちも興奮を抑えきれないように、全身全霊、汗だくになって熱演を繰り広げる。そこで生まれる祝祭の儀式のような一体感は、文化や歴史を共有するコミュニティ内だからこそ生まれるものだと痛感させられる。フェス開催時には飲食の屋台や地元のレコード・ショップが出店したともいうこのフェスは、巨大なコミュニティのお祭りだった。本来はコミュニティ外の人間が目にすることを想定していないともいえ(第1回、第2回の映像記録はないようだ)、今回『サマー・オブ・ソウル』で我々が目にすることができるのは奇跡ともいえるわけだ。

フィフス・ディメンション

ニーナ・シモン

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映画は冒頭からラストまで見所だらけなのだが、ひとつだけあげるなら、マヘリア・ジャクスンがステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズと〈プレシャス・ロード、テイク・マイ・ハンド〉を歌うシーン。私はここで涙が出た。キング牧師が愛し、生前最後にリクエストした曲として知られるこのゴスペルを、牧師と交流のあった二人が渾身の力を込めて歌う。とくにマヘリアの歌声とその表情は今思い出してもこみ上げるものがある。試写を観た本誌執筆者の中でもこのシーンを白眉とする声が多かった。この映画は長年ブラック・ミュージックを追ってきた人たちにとっても、冷静に観ることが難しいシーンの連続なのだ。

本作はただの音楽フェスの記録映画ではないことも強調しなければいけないだろう。フェスの開催と記録(映像化)の経緯が語られ、観客として参加していた人々の証言、出演アーティストへのインタヴューによってフェスの実態が明らかにされる。また時代・社会背景がニュース映像や識者によって解説され、どのような時代に行われたフェスなのか、黒人たちの間でどのような意識が生まれていたのかを説き、現在とつながる黒人の歴史をも伝えてくれる。ステージ映像の合間にそれらが挿入され、楽曲との関連など、実にたくみな構成でみせ、一級のエンタテインメントでありながら、知るべきことが身につく啓蒙的な内容でもあり、まさにエデュテインメント(edutainment)といっていい。

出演者や演奏シーン、時代背景について語りたいことは山ほどあるが、きりがない。音楽ファン、とくにブラック・ミュージックの愛好者であれば、この映画の話題で一日中話が尽きないだろう。それほど情報量と感動の多い作品である。

映画公開直前に発売される本誌No.161の『サマー・オブ・ソウル』特集(2021年8月25日発売)では映画評のほか、出演アーティストの紹介、時代背景の解説、別冊付録では映画に登場するアーティストのアルバムや当時話題のR&Bアルバムや社会的メッセーズが込められたシングル作品など、計114枚のディスク・ガイドを掲載しています。そちらもどうぞご期待ください。■

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『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
8月27日(金)全国公開
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
原題:SUMMER OF SOUL (OR, WHEN THE REVOLUTION COULD NOT BE TELEVISED)
監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン
公式サイト:searchlightpictures.jp

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