写真家、ユージーン・スミス(1918-1978)。戦場カメラマンとして活動後、当時 絶大な影響力を誇った雑誌「ライフ」などで意欲的な作品を数多く発表、70 年代 には水俣病患者を捉えた写真集によって世界に衝撃を与え、のちにジョニー・デ ップ主演『MINAMATA―ミナマタ―』として映画化もされた。そんな彼が 1950 年代 半ばから住んでいたマンハッタンのロフトには、連日連夜様々なジャズ・ミュー ジシャンが出入りし、ジャムセッションを繰り広げていた。「ライフ」編集部との軋轢や家族の不和を抱え、逃げるようにこの地へ移り住んだスミスは、ただ純粋に音楽を楽しむためだけに集まった彼らの自由奔放な演奏をつぶさに録音し、 シャッターを切ることに没頭する。そのむせ返るような熱気を余すところなく伝 えるのがこのドキュメンタリー映画『ジャズ・ロフト』である。
1999 年、ユージーン・スミスの研究者であるサム・スティーブンソンがアリゾナ 州ツーソンにあるスミスの写真アーカイブにて、大量のオーディオテープを発見したことからすべてがはじまる。それはスミスがロフトで録りだめていた 4000 時間に及ぶ音声だった。2009 年、スティーブンソンはロフトで撮られた写真、テー プの書き起こし、当事者たちの証言などで構成された書籍“The Jazz Loft Project: Photographs and Tapes of W. Eugene Smith from 821 Sixth Avenue, 1957-1965”を発表。これを元に公共ラジオ局 WNYCとNPR が全10回のラジオ・シ リーズ“Jazz Loft Radio Series”を制作。当時番組の製作・脚本、ホストを務めたサラ・フィシュコがドキュメンタリー映画として再構成した。
花屋の問屋街に位置する5階建ての薄暗いロフトに集まったのは既に絶頂期を迎 えていたセロニアス・モンクや作曲家・ピアニストとして名を馳せる前のカー ラ・ブレイをはじめ、ズート・シムズ、ホール・オーヴァトン、ロニー・フリー といった名うてのミュージシャンたち。彼らの一挙手一投足を逃すまいと部屋中 に録音用の配線を張り巡らせ、何千枚もの写真を撮るスミス。このユニークなコ ラボは 8 年間にわたったという。単なる記録の域を超えて浮き彫りとなるのはジャ ズ・ミュージシャンたちの圧倒的な存在感、刹那的な生き様、そして彼らとの交 流を通して、人生の岐路に立たされていたひとりの写真家が抱く新たな決意。また歴史的な報道写真の数々を生み出してきた暗室での孤独な作業やユーモアと気難しさを併せ持つスミスの複雑なパーソナリティが多くの証言者によって明かさ れる。さらにはのちにタウンホールでの名演として結実するモンクとオーヴァト ンのリハーサルや打ち合わせ風景など、今まで公になることのなかった貴重なや りとりも注目のひとつ。まさに今その場で起こる奇跡に立ち会っているかのよう な臨場感を存分に堪能できる。
Self-portrait, W. Eugene Smith, (c) 1959 The Heirs of W. Eugene Smith.