ブルース&ソウル・レコーズ

コミュニティを結びつける音楽の力 映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

世界中が悲しみの雨に濡れた、突然の悲劇から8年…。
孤高の天才“プリンス”の真実に迫る傑作ドキュメンタリー!


[文]濱田廣也

現在公開中の映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は、プリンスの生い立ちや人物像を伝えるだけでなく、ミネアポリス(ノース・ミネアポリス)の黒人コミュニティの歴史と、プリンスとともにコミュニティの発展に尽くした人物についても触れられている。プリンスというスターを通して、コミュニティが果たした役割、さらにいえばコミュニティはどうあるべきか、と問いかけてもいる。そのような内容だから、スターとしてのプリンスの晴れやかなパフォーマンスを期待すると肩透かしを食うことになる。プリンスの遺産管理団体が協力していないため、彼の楽曲も使用されていない。しかし、それゆえにこの映画のテーマはより明確になったとも言えるだろう。プリンスがどこからきて、どこへ行こうとしていたのか。「コミュニティ」をキーワードにプリンスという人物を見つめ直す、秀逸なドキュメンタリーである。

映画はアメリカ社会における地域コミュニティの力強い一面をみせてくれる。プリンスが育った街、ミネソタ州ミネアポリスのノース・サイド地区が本作の主な舞台だ。
50年代以降、倍増する勢いで黒人人口が増加したミネアポリス。公民権運動が激しさを増し、「ブラック・パワー」が提唱されていた1966年に起きた人種暴動をきっかけに、その状況を改善するための施策として、ノース・ミネアポリスに「ザ・ウェイ」(のちに「ザ・ニュー・ウェイ」)と呼ばれる、黒人の若者たちが集まれるコミュニティ施設が作られた。教育の場、レクリエーションの場、職業機会を得る場として非営利で運営された「ザ・ウェイ」は地域で初となる黒人自身が運営する施設であった。なかでも重視されたのがアート・プログラムで、そこはやがてミネアポリスのR&Bを担うミュージシャンたちを育てる場になっていった。プリンス、モーリス・デイ、ジャム&ルイスたちは皆ここから巣立っていったのだ。

プリンスというスターが登場したことで、それまで見過ごされてきたミネアポリスのR&B(ブラック・ミュージック)にも注目が集まったが、その歴史を深く掘り下げたCD/LPコンピレーションが登場したのは10年ほど前のことだ。以下の2枚のアルバムは、ミネアポリスの黒人コミュニティの中で生まれたR&B/ソウル/ファンクの素晴らしい記録である。


Twin Cities Funk & Soul: Lost R&B Grooves From Minneapolis / St. Paul 1964-1979 (Secret Stash SSR CD 25) 2012


Purple Snow: Forecasting The Minneapolis Sound (Numero 050) 2013

映画にコメンテイターとして出演しているアンドレア・スウェンソンが「ミネアポリス・サウンド」の歴史を綴った著書(未邦訳)を出したのも2017年であった(2021年版の序文はジェリービーン・ジョンスン)。


Got To Be Something Here - The Rise Of The Minneapolis Sound (Andrea Swensson, University of Minnesota Press, 2017/2021)

これらを映画と合わせて堪能することで、プリンスが生まれた背景の奥行きが増すことだろう。

ちょっと脱線するが、昨年、米ヌメロがLP2枚組で再発したシカゴのファンク・バンド、マックス・トラックス/サード・レイル、そのメンバーのリー・ガトリンは、子供たちを音楽によって暴力等の危険から遠ざけるために設立された非営利財団でバンド・メンバーと出会った。彼もまたコミュニティの施設によってミュージシャンの道を歩んだ一人だった。そして興味深いのは、彼は1974年にシカゴからミネソタに引越し、そこでモーリス・デイのバンド、グランド・セントラルにプリンスが抜けた後釜として参加したというのである(なお上掲書にはガトリンの名は登場しない)。その後、ガトリンはバンドを抜け、シカゴへ戻った。

歴史的にアメリカの黒人たちは主流社会の外へとはじき出されてきた。社会的に平等な権利を与えられず、経済的な恩恵を得る機会を奪われることも多々あった。そのような困難な状況に置かれた彼らは、自らのコミュニティを強化することで生き残ってきた。そして音楽はコミュニティの結束を高める役割を果たしてきた。
先日亡くなられた日暮泰文氏が、ブルース&ソウル・レコーズNo.177の連載(これが本誌での最後の執筆となった)で「これはすごい」と感じるブルースには「黒人コミュニティに属するミュージシャンたちの一体感」があるのではないかと記されていた。コミューナルな音楽が生まれる背景を知るという点でも、『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は見逃せない作品だ。


『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

プリンスの誕生日、2024年6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
公式HP:prince-movie.com/

出演:プリンス、チャカ・カーン、チャックⅮ、ビリー・ギボンズ他/監督:ダニエル・ドール/原題:Mr. Nelson On The North Side
2021年/カナダ/英語/68分/16:9フル/ステレオ 提供:キュリオスコープ、ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム

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