ついにアリサ・フランクリンの生涯を描いた音楽エンタテインメント『リスペクト 』が全国公開となる。本記事では、様々なジャンルをクロスオーヴァーしながら、その歌声で聞くものを魅了する「ソウルの女王」として愛されるアリサの代表曲12曲を紹介。今なお多くのリスナーの心を掴み続ける彼女の魅力を感じることができるはずだ。映画『リスペクト』にも登場する楽曲ばかりなので、映画の観賞前/後に参照いただけたら、よりアリサの世界を楽しめるのではないだろうか。
01. I NEVER LOVED A MAN (The Way I Love You)
曲:Ronny Shannon
1967年発表、R&Bチャート1位、ポップ9位
時代を切り拓いたアリサのブルース
〈貴方だけを愛して〉
「アリサがアメリカのポピュラー・カルチャーにブルースの美を完璧なかたちでクロスオーヴァーさせた」。詩人/作家のスラニ・デイヴィスの言葉だ。アメリカの黒人向け雑誌『SEPIA』1967年9月号は表紙にアリサの写真を使い、特集記事を組んだ。そのタイトルは「ブルースの新女王」。アトランティックでの再出発シングル第一弾は、デトロイトのソングライター、ロニー・シャノンによるブルースだった。ひどい男に傷つけられながらも、愛することをやめられない女性。男が行いを改めたかと思えば、また同じことの繰り返し。歌詞だけをみれば泥沼の切ない恋となるが、アリサが歌うと決して愛をあきらめない強さが漲る。苦悶を抱えながらも前進しようとする。これこそが多くの支持を得た理由だろう。
02. DO RIGHT WOMAN - DO RIGHT MAN
曲:Dan Penn / Chips Moman
1967年発表、R&Bチャート37位(ポップ・チャートには入らず)
互いへの敬意を訴えた名バラード
〈恋のおしえ〉
「女だって人間なのよ」──〈貴方だけを愛して〉のB面に収められたことで、より歌詞の意味が深まる。不誠実な恋の相手に向けて歌った2つの曲はまるで連作のようだ。アメリカ南部出身の名シンガー・ソングライター、ダン・ペンと、プロデューサー/ギタリストとしても活躍したチップス・モーマンが書いたこの曲をアリサが歌うと、フェミニズムのテーマ曲のように響きだす。私(女性)に誠実さを求めるなら、あなた(男性)もそうしなさい。互いに必要なのは愛と敬意。「わたしにもいくらかのリスペクトを見せて」と主張するが、攻撃的ではなく諭すように訴える。1967年11月にマーヴ・グリフィン・ショーに出演しこの曲を披露した際は、よりソフトに歌い出し、しだいに力を込めて歌い上げた。
03. RESPECT
曲:Otis Redding
1967年発表、R&Bチャート1位/ポップ1位
個人の尊厳を訴えた出世作
〈リスペクト〉
アトランティックでの第2弾シングルはアリサにとって決定的な曲となった。オーティス・レディングの曲に手を加え、完全に自分のものにしてしまったのはあまりにも有名。タイトル通り「敬意」を求める女性の歌で、冒頭から声を張り上げて歌うアリサは今風にいえば「わきまえない女」となるが、アーマとキャロリンの姉妹がオーティス版にはなかった「ほんの少しでいいから(just a little bit)」というコーラスをつけることで、緩衝材の役割を果たす。しかし歌のラストでは最後通牒を突きつけ、結局は一歩も引かない姿勢を示している。しばしば男女間を人種間に置き換える解釈がなされるこの曲だが、個人の尊厳に敬意を示しなさいというメッセージは、様々な社会問題に応用が可能ということでもある。
04. A NATURAL WOMAN (You Make Me Feel Like)
曲:Gerry Goffin / Carole King / Jerry Wexler
1967年発表、R&Bチャート2位/ポップ8位
「ありのまま」でいることの大切さ
〈ナチュラル・ウーマン〉
ジェリー・ゴフィン&キャロル・キングの名ソングライター・コンビによって作られたこの曲も、私的な恋の歌であり、スケールの大きい社会的なメッセージ・ソングでもある、振り幅の広い解釈が可能な名曲だ。生きることに疲れていた女性が安らぎを与えてくれる人と出会ったことで幸せを感じるストーリーだが、「ありのままの自分(a natural woman)」でいられることの大切さがメインテーマ。それは日々の生活で「ありのままの自分」でいることが難しいことを意味し、社会における様々な制限や抑圧が背景に見えてくる。これもまた普遍的なメッセージを持った曲といえるだろう。アトランティック移籍後のシングルでは控えられていたストリングスを導入したことも、この曲を印象深いものにした。
05. CHAIN OF FOOLS
曲:Don Covay
1967年発表、R&Bチャート1位/ポップ2位
私的感情も込められた痛みの歌
〈チェイン・オブ・フールズ〉
直訳すれば「愚か者たちの鎖」。優れたソングライターであるR&Bシンガーのドン・コヴェイが書いたこの曲は、付き合っている男に複数の女性がいたことを知った女性が主人公。「愚か者たち(fools)」とは、その男が付き合っている女性たち。もちろん自分も含まれる。他に女がいたことを知った女性だが、彼を強く愛しているからすぐには別れられない。だが「愚か者」であり続けようとはしない。いつか鎖を断ち切るといい、その日までいただくものはいただくと、したたかに宣言する。この曲の未編集ヴァージョンのイントロでアリサは唸り「これは痛みの響き」と歌いだす。アリサは当時の夫テッドのことを思いながらこの曲を吹き込んだと妹キャロリンは語った。私的感情も込められたアリサのブルースだ。
06. AIN’T NO WAY
曲:Carolyn Franklin
1968年発表、R&Bチャート9位/ポップ16位
切実な思いと強い決意
〈エイント・ノー・ウェイ〉
アリサの最高傑作という人もいる。妹キャロリンが書いたこの曲もまた、当時の夫テッドとの間がもつれにもつれていたアリサの心情が深く入り込んだ一曲だ。「私を受けていれてくれないなら、もうどうにもならない(ain’t no way)」。冷たくあしらわれながらもまだ相手を愛している女性が賢明に訴える。曲が後半に行くにつれ、切実な思いが爆発し歌声は声域の限界まで高められる。相手が心を入れ替えてくれるように願いながらも、実は諦めの気持ちが勝っているように思えるのは、苦しい心情を歌いながらも清々しいほどの決意を感じるからだ。コーラスで参加したシシー・ヒューストンのファルセットが曇りのない思いを強調している。実生活で夫から暴力を受けていたアリサは、この曲が発売された年に夫と別れている。
07. THINK
曲:Aretha Franklin / Ted White
1968年発表、R&Bチャート1位/ポップ7位
暗闇に向けて投げられたポジティヴな光
〈シンク〉
この曲の録音日は1968年4月15日。マーティン・ルーサー・キングJr.牧師が凶弾に倒れてからほんの10日ほどのことだ。家族で交流のあったキング牧師の死がこの曲に影響を与えていないとはとても思えない。映画『ブルース・ブラザース』で食堂の女主人として出演したアリサが夫に向かって歌ったように、表面上は男女間の問題を解決しようとする歌だ。だが「自由を、自由を手に入れましょう」と連呼し、「気をつけて、正気を失わないように」と警告する箇所など、社会問題への思いが横たわっているように思えてならない。キング牧師の死という暗雲がたれ込める中で、熱い気持ちと冷静な視点で「考えて」と歌い上げたアリサ。多くの人に呼びかけると同時に自分に対しても言い聞かせていたのかもしれない。
08. BRIDGE OVER TROUBLED WATER
曲:Paul Simon
1971年発表、R&Bチャート1位/ポップ6位
大幅に高められたスピリチュアリティ
〈明日に架ける橋〉
サイモン&ガーファンクルの1970年の大ヒット曲もアリサにかかれば別曲のように生まれ変わってしまう。ポール・サイモンがゴスペル・カルテット、スワン・シルヴァートーンズの歌う古い黒人霊歌“Mary Don’t You Weep”の一節を聞いて着想を得たというこの曲は、誕生の時点でスピリチュアリティをまとっていたが、アリサはそれを増幅しほとんどゴスペルにしてしまった。原曲の1番の歌詞を省略し、冒頭にコーラス隊との掛け合いによる歌詞を加え、さらにビリー・プレストンのオルガンが教会の雰囲気を高める。そのアレンジは短く編集されたシングルよりも5分を超えるアルバム・ヴァージョンでより劇的な効果を発揮した。苦難の状況にある人に助けの手を差し伸べるというテーマも聖書の教えと重なる。
09. ROCK STEADY
曲:Aretha Franklin
1971年発表、R&Bチャート2位/ポップ9位
一緒に体を揺らすしかない最高のファンク
〈ロック・ステディ〉
アリサ最高のファンクは?と問われれば、アリサ自作のこれを上げるしかない。アリサを支えたニューヨークのセッション・ミュージシャンたち、ギターのコーネル・デュプリー、ベースのチャック・レイニー、ドラムスのバーナード・パーディの3人が生み出す極上のグルーヴを堪能するための曲でもある。メンフィス・ホーンズと女声コーラス隊スウィートハーツ・オブ・ソウルの参加も曲の熱を高めた。印象的なイントロのオルガンはダニー・ハサウェイだ。名だたるヒップホップ・アーティストから安室奈美恵まで、サンプリング・ソースとしても名高いという事実は、時代を超えたダンス・クラシックとしての勲章だ。歌詞にもあるように夜通し踊るためのナンバーであり、『ソウル・トレイン』のラインダンスさながらに一緒に体を揺らすしかない。
10. DAY DREAMING
曲:Aretha Franklin
1972年発表、R&Bチャート1位/ポップ5位
幸せな空気に満ちた献身的ラヴソング
〈デイ・ドリーミング〉
イントロのダニー・ハサウェイによる揺れるエクレトリック・ピアノの音が曲全体の雰囲気を決める。愛する人を得て、この上ない幸せを感じている主人公。まさに夢見心地の心情が綴られる。「かれが求めるものに私はなる。必要なときはいつでも、寂しい時でも、愛を失い迷えるときにも、わたしが行って捧げる。日々彼への愛が大きくなっている」。恋に落ちた女性が愛する人への献身を歌うラヴソング。アリサ自身のピアノ、バーナード・パーディの軽やかなドラミング、ドン・アーノンのアコースティック・ギターとヒューバート・ロウズのフルートがこの曲のやわらかで幸せに満ちた空気を演出する。アリサはこの曲を当時恋人だったテンプテーションズのデニス・エドワーズのことを思いながら書いたという。
11. ANGEL
曲:Carolyn Franklin / Sonny Saunders
1973年発表、R&Bチャート1位/ポップ20位
妹キャロリンによる最高に美しい曲
〈エンジェル〉
冒頭でアリサはこの曲の作者である妹キャロリンから電話がかかってきたと語る。彼女は伝えたいことをメロディに乗せて説明するという。そして歌が始まる。「天使(angel)をみつけないと/わたしを自由にしてくれる」。姉アーマが妹の最も美しい曲と評したこの曲は、モータウンに作品を残しているヴォーカル・グループ、サテントーンズのメンバー、ウィリアム“サニー”ソーンダースとの共作で、バート・バカラックの曲をモチーフにしたという。流れるようなメロディがとにかく美しい。悲しみや孤立感を抱えた女性が「天使」という愛を求め、希望を抱き前に進もうとする。歌詞の最後の「He」は愛を授けてくれる存在であり、天使あるいは神を指すようにも読める。その点でこの曲もスピリチュアリティの高い曲だ。
12. SOMETHING HE CAN FEEL
曲:Curtis Mayfield
1976年発表、R&Bチャート1位/ポップ28位
熱を帯びるメロウ・グルーヴ
〈サムシング・ヒー・キャン・フィール〉
アトランティックに移籍して以降、毎年R&Bチャートの1位を獲得していたアリサは、1975年にその記録が途絶えており、この曲で約2年ぶりの首位返り咲きを果たした。カーティス・メイフィールドが映画『スパークル』のために書いた曲で当初は妹キャロリンが歌う予定だったのをアリサが奪い取るかたちで吹き込まれた。それほどアリサが気に入ったわけで、ミディアム・スローのメロウ・グルーヴに乗ったのびのびとした歌に高揚する気持ちが見て取れる。ただ冒頭部分はより抑えた表現を望んだアリサに対し、カーティスは情熱的なものを求める対立もあった。結局カーティスが説得に成功している。アルバム・ヴァージョンは6分を超え、「彼が感じるものを与える。この愛は本物」と繰り返す後半部分は熱が高まり、官能的でさえある。
※初出 ブルース&ソウル・レコーズ No.159 別冊付録
映画『リスペクト』は11月5日(金)から全国ロードショー!