2022.4.1

いきものたちが案内するブルースの世界 ─ブルース&ソウル・レコーズNo.164 特集「ブルースいきもの図鑑」

昨年発売された中河伸俊さんの著書『黒い蛇はどこへ 名曲の歌詞から入るブルースの世界』(トゥーヴァージンズ、2021年)は、ブルースを代表するシンガーが歌った35の名曲を取り上げて、ブルースとその歌詞世界を解説した一冊です。

『黒い蛇はどこへ 名曲の歌詞から入るブルースの世界』

そこで選ばれた35曲のうち6曲のタイトルにいきものが登場します。

“That Black Snake Moan”(ヘビ)
“Banty Rooster Blues”(雄鶏)
“Chicken Heads”(ニワトリ)
“Little Bluebird”(ブルーバード)
“Hound Dog”(猟犬)
“Coon On The Moon”(アライグマ)

膨大な数の中から選ばれた曲の約6分の1にいきものの名前が登場していることになります。著者はいきものが登場する曲を意識して多く選んだわけではありません。他の音楽ジャンルで歌詞に焦点を当てて名曲を選んだら、これほどの割合でいきものが登場するでしょうか。

なぜブルースにいきものが頻繁に登場するのでしょう。いきものたちが身近にいたから? それもひとつの理由でしょう。しかしブルースのいきものの中にはブルースが生まれた北米の地に生息していないものも登場します。ブルースを生み発展させたアフリカン・アメリカンにはクリスチャンが多いですが、聖書にいきものが登場することも、ブルースの歌詞に影響を与えていそうです。

ブルースにいきものが頻出する理由はいくつか考えられますが、アフリカから渡ってきた民話も大きな要因と考えられています。奴隷として連れてこられたアフリカ人はアメリカで生き抜くために、さまざまな知恵を民話を通じて多くの人に伝えました。それらの中にはアフリカの民話と共通するものが多くあることがわかっています。そしてそこには多種多様な動物や虫、魚などが登場するのです。

1928年5月18日付シカゴ・ディフェンダー紙に掲載されたブラインド・レモン・ジェファスンのレコード〈ブラック・スネイク・モーンNo.2〉の広告

作家のゾラ・ニール・ハーストンは1920年代にアメリカ南部を訪れ、同地の民話を記録しました。黒人居住区を訪れ、住民たちに話を聞かせてもらったのです。それは彼女の代表作となる『騾馬とひと(原題“Mules and Men”)』(ゾラ・ニール・ハーストン著、中村輝子訳、平凡社、1997年)にまとめられました。昔から伝わる話や創作話など、内容やテーマは様々。一人が話すと、次の語り手はそれに負けじと話を膨らませるので、荒唐無稽なホラ話が生まれたりします。登場人物ならぬ登場動物はラバ、ヘビ、ワニ、ネコ、犬、ウサギ、ナマズ、ゾウムシ、ウシガエル、蚊などなど、彼らの生活圏にいるいきものがぞくぞくと現れます。中にはアメリカにはいないライオンも登場しアフリカとのつながりを感じさせますが(これも聖書の影響が考えられます)、その多くがブルースに登場するいきものと共通するのです。

ロジャー・D・アブラハムズが編集した『アフロ-アメリカンの民話(原題“Afro-American Folktales: Stories from Black Traditions in the New World”)』(ロジャー・D・アブラハムズ編、北村美都穂訳、青土社、1996年)には、北米、中米、南米で記録された民話が収められており、ハーストンが記録したものも含まれています。同書の「はじめに」にはアフリカン・アメリカンの民話の特徴が解説されていて、それを読むと、初期のブルース、とくにカントリー・ブルースに分類されるものとの共通項がいくつもみられます。あまりに多くの点がブルースの特徴と重なるので、それらすべてをここに引用することはできませんが、ある特定の人物などを批判する物語が誰について書かれているかを隠す技術(迂回の技術)はアフリカン・アメリカンの民話とブルースにいきものが登場する理由とも関係する点でしょう。アブラハムズはこう記します。

「顔と顔を突き合わせて互いに楽しみ教え合う人々は、ときには言葉を隠さなければならないのだから、物語は真実を反映するとともにねじまげるものだという議論もできるかもしれない。それどころか、言葉を非個人化という知恵の固まりにくるんで隠すことで、物語の語り手は、より大きな力の感覚を手に入れるのかもしれない。それは、間接的に話すという方法がしばしば、口で語る演者が用いる賢明で巧妙な技法だからである。」(同書 p.44)

何が語られるのかも重要ですが、どう語られるかが民話やブルースにおいてより重要と考えられます。優れた語り手は聴衆を惹きつけます。いきものたちを登場させるのも、その技術のひとつといえるでしょう。

ブルースに登場するいきものたちは様々な形で現れます。いきものそのものとして登場することもあれば、何か(誰か)の比喩であったり、隠語であったりもします。それが何を指しているのかを知ることで、ブルースをもっと楽しめるようになるでしょう。

ブルース&ソウル・レコーズNo.164の特集「ブルースいきもの図鑑」では、いきものの種類別に曲を取り上げ紹介しています。たくさんのいきものの中から今回は15種類を選びました。

*不吉の象徴とされた黒猫を筆頭とするネコ
*農業に欠かせない相棒ラバとポニーは女性の化身
*死の予兆ともなる恐ろしい存在のクモ
*性的なメタファー隠喩にも使われるヘビ
*最も身近な家畜のひとつ、ニワトリ
*ハチの針が意味するものは?
*自由への憧れを重ねたナマズ
*行方知らずのウシは大事なひと
*サルは利口なトリックスター
*哀れな姿で描かれることが多いイヌ
*生活を脅かすやっかいものの害虫たち
*ブルース界一のキャラを生んだオオカミ
*青い鳥に託した伝えたいこと
*若く魅力ある人に姿を変えたブタ
*揺れる心情を表したカエル

15種を選ぶにあたり、主に1920〜40年代のブルースから、タイトルにいきものが登場するものを抜き出してみると、その数は500ほどになりました。歌詞にいきものが登場する曲を加えれば、さらに数は増えるでしょう。中にはビーバー、カンガルー、スカンク、ウナギ、トンボといった、意外ないきものもいました。特集で取り上げられなかったいきものでは、ウッドチャックとして知られるグラウンドホグ(groundhog)も、ジョン・リー・フッカーの“Gound Hog Blues”などでブルース・ファンには馴染みがあるでしょう。

本特集で登場するいきものたちは、私たちにとって身近なものもいれば、アメリカ南部に生活する黒人たちだからこそ身近に感じるものもいます。ブルースを知ることは、それを歌い楽しんだ人々の生活や文化を知ることでもあります。いきものたちもその一部なのです。いきものたちを案内役にブルースの世界を覗いてみてください。■文:濱田廣也

※ブルース&ソウル・レコーズ No.164掲載原稿を一部加筆修正しました。

 

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好評発売中のブルース&ソウル・レコーズNo.164では、小出 斉さん、髙地 明さん、スカンクちか のさん、中河伸俊さん、そして編集長の濱田廣也らによる特集記事から、いきものが登場するブルースを紹介していま す。付録CDでは、チャーリー・パットン、ブラインド・レモン・ジェファスン、ブラインド・ブレイク、 マ・レイニーら、人気シンガーたちが歌う、いきものが登場するブルースを収録。書店やオンライン書店からぜひお手にとってください。

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