「出来るビジネスマンは本物の音楽、もっと言えばブルース&ソウルを聴く」
本記者のこの仮説をテーマにインタビューを通して検証していく連載企画。
第一回目にお迎えしたのが株式会社DXA代表竹林昇氏。
元ファミマドットコムの代表等、伊藤忠グループのDXを語る上では欠かせないレジェンドであり、私の周りの竹林氏を知る人は皆口をそろえて、ビジネスと音楽、ブルース&ソウルを愛する人だという。
前編では音楽遍歴をうかがった。以下、インタビュー後編。
ターニングポイントで聴いた音楽や、その時々の思いを竹林氏にどのような意味を持ってきたかをより深く伺った。
■ブルースやソウルとの出会いについて
---ブルースやソウルミュージックとの出会いについて教えていただけますか?
ブルースやソウルとの出会いって考えると、そんな劇的なものじゃないんです。
さっきも言った通り、小学校のころに聴いたGSも、中学/高校/大学時代に聴いたフォークソングも、ロック音楽も、それらの音楽の中には最初からブルースがあったんだと思います。
だから、ブルースとの出会いは?って聞かれると、それは劇的な出会いというよりも、「きづき」だったり、「再認識」だったり、「再確認」だったりと、そんな感覚なんです。
ずっと聴いていた音楽、かっこいいなぁ、好きだなあ、自分の気持ちを代弁してくれてるなぁ、と感じる音楽の根っこには、共通してブルースがあった。
だから、「出会い」というより「再会」という感じなんですよね。
言われてみて、「あ!これ、ブルース。これも、それもブルースだったんだ!」という感じ。
ブルースと意識せずに聴いてきた曲の中で、今でも好きなブルース、ソウルの分類に入る曲を上げると、吉田拓郎「やせっぽちのブルース」、泉谷しげる「ブルースを唄わないで」、ダウンタウンブギウギバンド「スモーキンブギ」、YardbirdsやAerosmithがカバーした「Train Kept A Rollin'」、Bob Dylan「You Got To Serve Somebody」、RCサクセションの「スローバラード」などなど。
Bob Dylanのこの曲は、ゴスペルというジャンルにはいるんだと思います。
---これがブルースとかソウルみたいなことを意識してがっつり聴いたりはしてないんですか?
ブルースという言葉を最初に意識したのは、泉谷しげるの「ブルースを唄わないで」という曲。
フォークシンガーの泉谷しげるの作詞作曲で、加藤和彦がアレンジした曲なんだけど、これがすごく格好いい。また、言葉とメロディがやさしいんです。。
ブルースってこういう感じなんだ、こういうのブルースっていうんだなと。
コード展開やリズムパターン、12小節での繰り返し、など後で知ったブルース曲の基本に忠実に則った曲だったと思います。
---今まで好きだった人のやっている曲の中で、ブルースとかソウルの曲があるというのがだんだん見えてきたという感じなのですね?
そんな感じ。自分の好きな曲にはなにか共通した感覚があるなと。
伝えたい気持ちというか感情というか、ブルースってこういう気分なんだなって感じ出しました。
■人生の中での象徴的な出来事と曲
---振り返って人生の岐路で流れていた曲等ご紹介頂けますでしょうか。
振り返ってみると、三つあるんだと思います。
まず一つ目が、大学2年の学園祭で、全く売れてない頃のRCサクセションを見たこと。
ホントに無名で全然売れてない時期でした。彼らの随分昔のヒット曲「僕の好きな先生」という曲は知っていて、ずっと気になっていたバンド名ではあった。だから大学の学園祭の手書きの立て看板にこのバンドのライブがあるのを見つけて、観に行ったんです。
それは、大学の運動場の片隅に、木のベンチを並べて、カンテラライトの照明で演奏するっていう、学生のアマチュアバンドよりも手作りなライブだった。そして観客は自分も入れても全部で20人くらい。文字通りガラガラのライブでした。
当然のように最前列で見てたら、忌野清志郎とバンドが飛び出すように登場して、ギラギラの化粧をした清志郎が、いきなり、「よおこそー」、と絶叫してジャンプしながら歌いだした。それもルーズなリズムのエレキ演奏で、生ギターとウッドベースのフォークバンドのイメージを持ってた自分としては、「これは、いったい何なんだ?!」と思ったのが第一印象でした。
音楽的にもすごく格好良くてビンビン来たんです。どの曲もめちゃめちゃ格好いいの。
心の底から自分たちの音楽を楽しんでいて、その楽しさを共有して欲しい、楽しんで欲しいというメッセージがビシビシ伝わって来た。そこから、RCサクセションのライブを追っかけるようにして、彼らの音楽を聴くようになったんです、
彼らの曲でいうと、「スローバラード」とか「いいことばかりはありゃしねぇ」、「君が僕を知ってる」これらは全部ソウルなんですよ。
ずばり、「スウィート ソウル ミュージック」という曲もある。
RCサクセションを通じて、こういうのをソウルっていうんだ!と知った感覚だったんです。
それで彼らが大好きだと述べていた、Sam CookeやOtis Reddingを遡って聴くようになった。順番としてはまったく逆なんですけどね。
---ここが第1の象徴的な出来事ですね。
その次は、憂歌団。実は憂歌団をちゃんと聴いたのは、社会人になってからでした
社会人になると、いきなり、もうめっちゃくちゃ忙しかったんです。なにしろ当時生き馬の目を抜くと言われていた某総合商社勤務だったし。(笑)
とにかく毎月150時間も残業をする日々。残業で徹夜明けなのに、その夜はお客さん接待があって、楽しくもないお酒を飲まなきゃいけない、なんていう日もありました。
こんなはずじゃなかった!自分の仕事はこれでいいんだっけ、社会人生活はずっとこれが続くの?と思ってた時に憂歌団を聴いたら、これがとってもすんごくいいんですよ。。
「嫌んなった」、「グッドタイムズロールバッドタイムズロール」、「シカゴバウンド」、「キスに願いを」などのブルース曲、日本語の独自の歌詞と、優しい音色で聴かせてくれる、これが本当にやさしく響いた、当時の自分には。
---あの渋い声でですよね!
がなる感じの木村さんも良いんだけど、ささやく感じの歌い方も良いんだよね。。
RCサクセションと憂歌団がいなかったら、20代の自分は社会にも会社にも適応できなかったと思う、多分。
救われたという程ではないいかもしれないけれど、
20代の自分の中にあった、理不尽な仕事や嫌な取引先への反発や、何に希望を持てばよいのかわからない、自分のなかのネガティブな気持ちを別の何かに変えてくれたというのかなぁ。
この曲は今のこんな気持ちを歌ってくれているのかなとか、こんな気分なのは自分だけじゃないんだな、とかを勝手に感じながら真夜中にヘッドフォンで聴いてました。
環境も仕事も住んでいる世界も違う人たちが、どこかで分かってくれているような、それでいいんだよと、受け入れてくれてるようなそんな気がしたのかなぁ。
---なんか沁みますね。嫌な上司とかに反発する感情なのにパンクとかじゃなくて憂歌団とか言うところがなんか素敵ですね。
次の転機が、ここのお店「Bar461」に初めて来た2005年の10月末か11月初め頃のこと。
47歳の秋だったと思います。
---いつごろ来たか覚えているんですね。
とってもよく覚えてる。作り話みたいに聞こえるかも知れないけど、ネットで「東京」「BAR」「Blues」で検索したら一番上に出てきたのがこのお店だった。仕事帰りに地図を頼りに初めて来たんです。(笑)
ホームページをみたら、なんかいい雰囲気だし、常連さんの書いた旅行記が自分の体験と似てたりして、きっとこの店は良い店だろうと、自分にとって居心地が良いお店だろうと勝手に思い込んで訪ねて来たんです。
このころはプライベートが最悪で、何とかしないと自分はもうだめになる、って思ってた時。
たぶん、何かにすがるような気持ちで検索したんだと思う。
---でもその時やっぱりブルースを求めたんですよね。
そうなんだ。不思議だよね。ロックでは検索しなかった。
でも、確かに、このちょっと前くらいから自分の好きな音楽ってブルースっていうんじゃないかって思い始めてた。さっき話した「気づき」や「再認識」をし始めたころだったんだと思う。
最初にこのお店に来た日の事ははっきり覚えてます。常連さんばかりの店に初めてふらっと入ってくると敷居が高いじゃない?普通は。
初めて来た夜に、たまたまカウンターの隣に座っていたある常連の方が、「君、初めてなの?」って話しかけてくれた。それをきっかけに、カウンターの向こう側の佐藤マスターも話をしてくれた。すごく嬉しかったし、ありがたかった。
この店に出会えた事は、自分にとっては、本当に転機になったんだと思います。
それまでの自分は家族も親戚も、学校も会社も、偶然というか、たまたま同じコミュニティーに属してしまった上で、その中で人間関係を作りながら生きてきてたような気がする。
自分で選んだのではないコミュニティの中でうまくやろうとしていたような気がする。
職業とか、勤めている会社の名前とか肩書とか出身校とかそういうとこでつながった人たちのコミュニティというんだろうか。このお店に集まる人たちはそういう偶然で出来たコミュニティではないんですよ。
ここで流れる音楽とここに集まる人たちが好き、という共通項の上に成り立っているコミュニティなんですよね。お互いに本名職業も知らないまま、お互いをニックネームで呼び合う。なのに、週に何回も顔を出して、好きな音楽の話をしたり、最近見た映画や日々のちょっとした出来事の話をしたりする。
気分があえば、一緒に歌ったり。ほとんどが他愛もない事なんだけど、これがとても楽しい。
「ブルースという共通した好きな音楽がある、音楽を好きな人が好き」、というだけでこんなにも楽しい関係が出来るんだ、作れるんだ、という事を、大げさにいえば人生で初めて経験させてもらってる感じなんです。
「Blues」というキーワードで検索したあの時の自分、自分から「Blues」を求めた自分があったからこそ、自分のいまがある、という風にも言えるのかも。
このお店の常連さんたち、25~30人くらいでしょうか。
このお店とその常連さん達との交流が自分の人生を変えてくれましたね。それも、間違いなく良い方に。
---お店が変えてくれたんですね。
お店と音楽がそうしてくれた気がしますね。
こうでなくてはいけないとか、どっちが正しいか、とかいうそういう会話が無いんですよ、ここには。対立が無いし、比較が無いし、対立や比較の必要もない。
ブルースってそういう音楽だと思うんです。ブルースって肯定の音楽だと。
ブルースの歌詞って、大体がこんな感じなんですよね。
「仕事も辛くて、彼女にはふられる、毎晩酒をのんではバカなことをやってる。
でも、それが自分なんだからしょうがないよね。今にもきっといいこともあるよ」って。
実は、今回のインタビューを受けるにあたって、自分の聴いてきた音楽を振り返っていて気が付いたことがあるんです。
「座右の銘はなんですか?」って、訊かれたらいつも答える言葉があるんですが、それは 「悲観は気分、楽観は意思」っていう言葉なんですよ。
どういうことかっていうと、周りが良く見えていて、先の事を前もってきちんと考えることが出来る人ほど、悲観が先に立ちがち。
このままじゃだめ、どうせそんなにうまくはいかない、みたいな。
でも、それってよく考えると気分のなせる業なんじゃないかな。
逆に、こんな風にしたら出来るかも、とか、こうなったら楽しいだろうなと思わせるのは意思。意志のなせる産物だと思うんです。
人は往々にして、気分に流されて、悲観的になるんだけど、楽しく生きてる人とか、いい仕事をしている人って、気分の悲観を、意思で取り払って、より肯定的に動いていることが多い気がする。そういう人って意志の力で楽観できている人なんじゃないかと思うんです。
だから、明るい人って、人が集まるじゃない?いい仕事をしてる人って、人がついていくじゃない?
それって性格や人柄もあるけど、その人の意思がそうさせることも多いんじゃないでしょうか。まず笑うとか。まずほめるとか(笑)。
この言葉、元々はフランスの哲学者のアランっていう人の「幸福論」っていう本で読んで知った言葉なんです。40台中盤の頃に。
それ以来、辛い時とか苦しい時はこの言葉を唱えて乗り切ってきた気がする。。
悩んだり、迷ったり、将来の事が見えなくて、悲観的な気分になりかけた時には、この言葉を唱えると、不思議と前向きな気持ちになれるし、肯定的に行動出来るようになるんですよ。
---僕もこの言葉を唱えて乗り越えるようにします!
なんで今この言葉を紹介してるかっていうと、この言葉ってブルースと共通してるんじゃないか、って思えるから。
もうだめだとか、なにも良いことが無いとか、カネもなければ女にも逃げられた、って
言いながらも、それを笑い飛ばしたり、お前だってそうだろって共感したりなんとかなるさって 根拠のない強がりを言ったり。。
「カネの無いやつぁ、俺んとこ来い。俺も無いけど心配すんな!」みたいな(笑)
マスター:青島幸男の「ゴロンボ波止場」みたいだねー。(笑)
昔、青島幸男が企画したTV番組に「ゴロンボ波止場」っていうのがあって、これは、その番組の主題歌の一節なんです。作詞も青島幸男で。
この曲は、このあと
「見ろよ青い海、白い雲。そのうち何とかなるだろう」って続く。
これってブルースだよね(笑)
世の中をそういう目で見たら悲観的な事ばっかりなんだ。楽観なんて相手からはやって来ない、自分で作らないと。っていう事をいってるんじゃないかな、ブルースって。
ブルースってマイナー調でめそめそした曲も多いけど、必ず希望の光というか、ユーモアがあるよね。笑い飛ばしたり、あえて自虐してみたりとか。
ブルースは音楽で「楽観は意志」をやっているような気がするんです。
意志を持って音楽で楽観を創り出してるんじゃないかと思う。
---たしかに、考えると憂歌団の曲ってそういう感じですよね。
憂歌団もそうだし、忌野清志郎もそう、Sam Cookeも。
悲観だけでは終わらない。逆に勇気づけられるんです、共感した上で。
ブルースのそういうところに、自分は惹かれてるんだと思います。
もっと直近の事例で言うと、約2年半前に、思い立って前職を辞めて、フリーランスのコンサルティング会社を始めたんです。
その時、マスターに「実は、会社を辞めたんです。これから何をするかは、いま考え中」って話したら、
「えー!!相談してくれてたら絶対止めたのに。だってお店の売上が減っちゃったら困るじゃない!」って(笑)
こういう会話自体がブルースなんだよね。
そんな会話もあった上で、独立開業できたのも、このお店の存在のお陰。
本当にいろんな意味で、このお店との出会いに助けられてます。
■最近聞いている曲
---最近聞いている曲を教えていただけますか?
最近きいてるのはこのお店でもよくライブをやってくれるバンドなんだけど、「Kansas City Band」、日本のバンドです。
カンサス・シティ・ブルースとか、カンサス・シティ・ジャズっていうジャンルがあるらしいんだけど、これは1920年代に、アメリカのカンサスシティに集まったミュージシャンたちがお互いに競い合って作ったジャンルとのこと。ミュージシャンではカウントベイシーが有名かな。
下田さんっていうリーダーの人が、このカンサスシティの音楽が好きで立ち上げたバンドだそうなんだけど、このバンドが今一番好き。
トラッドジャズとも言って、この時代のアメリカはまだジャズとブルースが分離してない頃で、ブルースとジャズを区別なく一体化してる頃の音楽を日本語でやっているバンドです。曲も詩もすっごく楽しくて好きです。
もう一つが、「バンバンバザール」。このバンドもジャンルとしてはトラッドジャズと呼んでも良いかもしれない。独特のペーソスある歌詞とノリがよくて明るいリズムの音楽がとっても好きです。このバンドのことをひとに紹介する時は、「初めて聴くのに懐かしい」音楽、って紹介してます。
それから「KOTEZ & YANCY」
ブルースハープとニューオリンズピアノのデュオ。
色んなジャンルの様々な音楽を二人ならではの独特の解釈と魂のこもったVocalで聴かせてくれる。
このバンドすごく楽しい。ノリの良い曲は最高のグルーブで。深みのある曲はしみじみと。この二人の演奏を聴いていると心の奥の方が暖かくなってくるんです。
そうそう、これもそうなんだよね(と、その時着てた「KOTEZ & YANCY」バンドTシャツを見せて)
いま、おすすめのバンドは今の3つ。大好きだし、聞いていて文句なく楽しい、笑ったり鳴いたりしながら勇気づけてくれる音楽です。
そして3バンドともこのBar461でのライブで出逢ったバンドなんです。
---お店を中心にして一貫したストーリーがありますよね!あと、いま一番聴くべきと思う曲があったら教えてくれますか?
敢えて曲をあげるなら、
Sam Cookeの「A Change is Gonna Come」、とMarvin Gayeの「What‘s Going on」
でしょうか?
どちらも、ソウルの名曲だけど、今、この時代に聴くと、やっぱり勇気づけられる。
色々あって暗い時代の今だからこそ希望の光を感じさせてくれる曲だと思います。
もう一曲は、Bob Dylanの「One More Cup of Coffee」
仕事のこと、プライベートな事、転職するとか独立するととか、何かに挑戦するときは、不思議とBob Dylanのこの曲が頭の中を流れるんです。
別に人を鼓舞するような曲じゃないんだけど、いつも自分に勇気をくれる。
「目の前に広がる平原を前にして、そこに一歩を踏み出す前に、あったかいコーヒーを、もう一杯だけ飲む」というそれだけの曲。
そういう歌詞を、哀愁を帯びたバイオリンに載せて歌うBob Dylanが転機の時、迷った時、いつも自分の背中を押してくれるんです。
自分にとっては、「この音楽が頭の中を流れた以上、もう引き返せないな、このまま前に進んでみよう」という気分にさせてくれる曲なんです。。
---映画のワンシーンみたいですね。人生の岐路で流れるBGMですね。
では、こんな感じでインタビュー終えて、一杯飲みながら、今まで言った曲を聴きましょうか!
---
このあとも、竹林氏が事前に用意されたYouTube動画や、先述のCDを聴きながら、曲にまつわるお話をマスターや、他の常連さん達を交えて伺い、音楽とお酒の溢れる夜は更けていった。
そして、ブルースがなぜ、大人の男に似合うのか、竹林氏のお話とお店から、答えの一つをいただいたような素敵な時間となった。感謝、そして尊敬。
その夜の一幕で、竹林氏のリクエストで店内に流れる、マスターがドラムを演奏し、お店の常連さん達と作ったブルースアルバム。
参加されている、常連だった故人についてお話されているお二人。
素晴らしいキャラで名プレイヤーだったとの事。まるでその方がその場にいるように。
後からやってきた常連さんが、初対面にもかかわらず、帰り際に、「また明日ね!」と声をかけてくれる。
良質なコミュニケーションとバイブスがそこには流れていた。
帰り道、貴重な人生のヒントと物語を音楽を軸に伺い、語っていかなくてはいけない重要な要素をたくさんいただいた気がしていた。
大きな宿題を頂いたような、初回から身の引き締まる思いであった。
そして、出来るビジネスマンは本物の音楽を聴いていた。
記者の仮説はやはり間違っていなかったようだ。
---