大西ユカリが2023年9月20日にNewアルバム『LaiLa』をリリースした。ルーツ・ミュージックへの強い愛情を示す作品を創り続けるKOZZY IWAKAWAこと岩川浩二(THE COLTS/THE MACKSHOWのリーダー)にプロデュースを委ね、夫の新宮虎児(g/クレイジーケンバンド)とともに “過去最高の最小人数”で制作した最高にゴージャスなアルバムからは、香り立つようなサウンドの中で自由に遊ぶ大西ユカリが感じられる。
今回、本作のレコーディングも行われた岩川氏のロックンロール発信基地「ROCKSVILLE STUDIO ONE」で岩川、新宮両氏同席のもと話を伺った。「本当にエエのができました」と胸を張る新作は、どのように生まれたのだろうか。
[取材・文] 妹尾みえ
[写真提供] テイチクエンタテインメント
◆これが遺作になったら最高です
── ユカリさんと新宮さんで構想を積み重ねてきたそうですが、今回、岩川浩二さんに委ねたきっかけは?
大西ユカリ(以下大西):何の掛け値もなしに世界をパッと変えてくれる人にと考えたとき、この人しかいないと2人で決めていましたし、最初から3人でやるのが理想だと思っていました。岩川さんはMVや写真まで手がけてくれたし、録音して終わりではなく、最後の最後まできっちり考えてくれることが新鮮でした。ポスターの裏の歌詞を手書きにしてみたらという提案も岩川さんです。手に取って楽しむCDという固形物には夢がありますよね。
新宮虎児(以下新宮):一緒に音を出したこともありますが、浩二くんの作る全ての音がとにかくかっこいい。ギタリストとして見ても彼のプレイはヴォーカリストのギターなんですよね。そこで大西ユカリが歌ったら面白いというイメージは持っていました。
大西:今回、新宮からは「大阪色を消したら」というアドバイスもありました。大阪がアカンことはないんですよ。でも括りを変えたら生まれ変われるんじゃないかと思うところはありました。今回、岩川さんの〈メロディー〉をカヴァーしたのも新宮の提案で、男言葉だけど私が歌うともっと情緒的で、大阪色なしにいけるんじゃないかと。歌詞には、中目(黒)という東京の地名も出てきます。
── すでに唯一無二のイメージを築いてきた印象だったので、変わりたいとおっしゃることに驚きました。
大西:「ブラック・ミュージック的なものを日本語で歌ってます」とか自分でもさんざん言ってきましたけど、今回はちゃんと大西ユカリを歌いたかったし、岩川さんは新しい大西ユカリを作ってくださいました。これが遺作になったら最高やなと思うほどですよ。何があるか分かりませんからね。コロナ禍では仕事は中止になるし病気と向き合ったりして、もう歌われへんかもと考えました。それもあって最後になるかもしれない、ステージで死んでしまうかもしれないと思いながら、やらなアカン!という気持ちにもなりました。
── 確かに今回、ああ大西ユカリってこういう歌い手だったのかと、存在をぐっと身近に感じました。これまでプロデューサーの意向を汲んでなんでも歌いこなす姿に高いプロ意識を感じる一方で、それゆえに個性がフラットになってしまう部分もあった気がします。
大西:バンドの時は会社の社長みたいな役割もあったし、ソロになったらなったでまた大変で、こなせる7割程度でOKしてしまうところがありました。どこかプライドが邪魔をして物販にも積極的じゃなかったんです。でも今回は残りの3割もできている感じです。ええアルバムだからこそ、ちゃんと聴いてもらわなアカンのですよ。〈Back in the Dream〉を聞いて「フィル・スペクターですね」とサウンドへのこだわりを掘り下げてくれるような人にも聴いてもらいたいし、岩川さんに恥をかかせたくないとの気持ちもあります。1本でも多くライヴをブッキングするし、物販だってどんどんいきますよ! (笑)
◆声がへたるまで録音してくれた
── IWAKAWA SOUNDとでも言うべき音作りが端々に感じられ、歌も鮮やかに立ち上がってくるようです。ヴィンテージな機材を使ったレコーディングも新鮮な体験だったようですね。
大西:「ムダな加工をせず一番いいところを録りましょう」ってずっと言ってくれて、歌ってはるからマイク立てとこうかみたいな、本当に自然な形で録ってくださったんです。岩川さんのスタジオには、あのキンギョすくいみたいな丸い網(ポップガード)がないんですよ。とまどいましたが「全部録りましょう」と言ってくれて〈ほんとの恋のブルース〉には咳払いまで入っていますし、歌ってるうちに声がヘタるところまで隠さずに録音してくれたのが新鮮でした。今までは歌手としてのステータスを見せようとマイクに立ち向かっていったんですが、このスタジオでは力んでもアカンのです。むしろ力を抜く美しさを勉強させてもらいました。本当に楽しかったですが、まだまだ修行やとも思います。
── アナログにこだわる人は少なくありませんが、岩川さんの考えるアナログ録音とは?
岩川浩二(以下:岩川):声を出してギター弾いて録音して何かを創るという行為そのものがアナログだと思います。スタジオには1940年代くらいからのマイクやプリアンプがありますが、ユカリさんの説得力ある歌声にはこうしたヴィンテージの機材が似合います。ただ古い機材だからいいわけじゃなくて、録音って本来そこに在るパフォーマンスをいい形で残すことだし、息づかいまで録るというかね。今回は写真も僕が撮ったんですが、大西ユカリの影まで映るようなものをと思いました。それと録音も一緒だと思います。僕の目指すところは形じゃなくて何かアナログ的なことであって、結局ブルースはじめ70年代くらいまでの自分の聞き慣れた音楽に向かっているんだなとは感じています。
◆すべての曲に映像とストーリーが見える
── 曲作りにも3人がそれぞれ関わられて、印象的な歌詞も多いですね。それを代表するのがタイトル曲の〈LaiLa〉でしょうか。
大西:〈LaiLa〉はやりたかったことがピタリとハマりました。こんなんがやりたかったとかじゃなくて「これやねん!」「見つかった!」みたいな感覚です。
新宮:僕らは浩二くんの〈ROCKA ROMANTICO〉という曲がすごく好きでカヴァーしたいという話をしたら新たに書いてくれたのがこの曲でした。
岩川:新しく何かに挑戦したいというユカリさんの気持ちを投影しつつ書いています。この曲も含め僕が女性の気持ちを書くと男臭くなったりするんですが、それが逆に功を奏しているかもしれません。
大西:ライラっていう響きがいいですよね。「白い頭巾の男たちに媚びずに生きた」女性のことを思って歌いました。
── 歴史的にも男性ライターが書いて女性シンガーがぴたりとはまった名曲はありますね。〈Butterfly〉では特に「ワタシガワタシデアルタメニ」というフレーズが同じ女性として心に刺さります。
大西:ヘヴィな〈贖罪天国〉と同じく新宮が書いているのが面白いですよね。「見てたんか?」と言いたくなるような、意外とそういうことはありますね。
岩川:〈贖罪天国〉の歌詞からは不満や怒りを感じますが、あえてノリのいいメキシカンっぽいアレンジにしています。
大西:前半の “East Side, West Side.” “North Side, South Side.”というフレーズを最後に“東西. 南北.”で締めているのも岩川さんの技なんですよ。
新宮:クルマの整備を待っているとき、浩二くんがプロデュースしたTHE MODSの森山達也さんの『ROLLIN’ OVER』を聴きながら書いた曲です。本当の意味でのプロデューサーなんですよね。曲を渡したらよくなって戻ってくる。
岩川:あんまりいじると良くないと思う時もあるんですが、今回はオーバープロデュース気味でいいかなという感触でした。
── ラテン、メキシカン、R&Bなどさまざまな味付けがありつつも一つのジャンルには括れない、岩川さん自身がソロ作でイメージされていた“音楽世界旅行”と通じる世界観を感じます。
大西:そうですね。今回の曲からは全て映像が浮かびます。ちょっと埃っぽかったり、砂っぽかったりと、いろんな所に連れてってもらったような気がします。こう歌ってほしいと押しつけられるものはない分、自分の中でストーリーを作りながら歌いました。
岩川:僕も、いろんな所に連れていってあげたいなという思いはありました。ライヴでもそうですね。昨日もクラブのオールナイト・イベントに誘ったんですが、これまでと違う世界観がある場所に紹介したいし、逆にユカリさんのファンの前に僕が行くようなクロスオーバーがあるといいかなと思います。
── 岩川さんの作品には国境が見えるような曲が多いですね。こうした発想はどこから?
岩川:風景が見える曲が好きですね。ユカリさんがそうしたいろんな所に散らばっている風景を上手に表現されるヴォーカリストだというのは大きいです。僕自身のことで言うと〈ルート66〉が好きで、国道66号線沿いの町の名前を調べて壁に貼ってるような小学生だったんですよ。爺ちゃんと一緒に観たドキュメンタリー番組『すばらしい世界旅行』にも引き込まれていました。今はバーチャルで理解してしまうところもありますが、音だけでモチベーションを上げる、それもまたアナログの魅力ですよね。
(編注:〈ルート66〉は原題“(Get Your Kicks On) Route 66”。ナット・キング・コールやチャック・ベリー、ローリング・ストーンズ等で知られる。「ルート66」とはシカゴとロサンジェルスをつなぐ国道66号線のこと)
◆還暦を前にすべてOK!と思えるような気持ちに
── セルフ・カヴァーとなる木村充揮さんの〈踊ってくれませんか?〉と、甲本ヒロトさんの〈ハルカロジ〉も全く違う味わいでよみがえりましたね。
大西:もう一度、この2曲に光を当てたいという思いがありました。新世界のときに録音した〈踊ってくれませんか?〉はモダンな感じやったんですけど、今回は異国の男たちが出てくるようなね。木村さんも「ええアレンジやな」と言ってくれました。
岩川:〈ハルカロジ〉は甲本ヒロトさんによるデモテープが、いじりようがないほど強力だったんですが、曲の向かいたがっている方向に僕なりに導いてみました。ノスタルジックだけど、ちょっとおどろおどろしさもあってブルースに通じるものも感じます。子どものころ兄貴が聴いていたブルースにはノイズだとか足音に、ちょっと誰もいない古い小学校みたいな暗さや怖さがありましたね。
── ラストの〈Nobody can change my world〉は十代から二十代、三十代、そして六十代と人生のほろ苦さをふり返りながらも、未来を自分の力でつかみとるような力強い歌ですね。
大西:お客さんと一緒に振り返れる歌を作ることは、
── 新しくて、やさしい大西ユカリに向かえている感じなんでしょうか。
大西:そうですね。これまで「自分で責任とるから!」みたいに背筋伸ばして闘ってきたでしょう。でもこのアルバムが代表作になることで「すべてOK!」「なんでも言うてな」と言える柔らかい人になれたらいいですよね。コロナ禍では歌手なんてもういらんやろと思うところもあったんですが、今は生きていく上で必要な歌、必要な人であったらと思いますね。辛いときに『LaiLa』聴きたいわって思ってくれたらうれしいです。
協力:ROCKSVILLE STUDIO ONE
※ブルース&ソウル・レコーズ No.174には新作『LaiLa』のアルバム評を掲載しています。
◆大西ユカリ『LaiLa』(テイチクエンタテインメントTECG-30135)¥3,000
1. LaiLa
2. 贖罪天国
3. あんたがいればいい
4. Butterfly
5. SASAKURE
6. 踊ってくれませんか?
7. ほんとの恋のブルース
8. Back in the Dream
9. ハルカロジ
10. メロディー
11. Nobody can change my world
◆『LaiLa』発売記念ライヴ
11月15日(水)横浜サムズアップ
www.stovesyokohama.com/
出演:大西ユカリとギャンゲット ジャポネーゼ(Kozzy Iwakawa 新宮虎児w/Yama-Chang) ゲスト:リルコヨーテ
11月29日(水)渋谷B.Y.G
www.byg.co.jp/
出演:大西ユカリとギャンゲットジャポネーゼ ゲスト:リルコヨーテ
12月2日(土)拾得
チケット予約 11月2日(木)受付開始
www2.odn.ne.jp/jittoku/
出演:大西ユカリと珍道中(大西ユカリ、夢ミノル、森扇背、久井コージ、コサカジュンペイ)
12月9日(土)タマラン presents 高槻SHO
チケット予約 11月9日(木)受付開始
sho-takatsuki.net/
出演:大西ユカリと珍道中(大西ユカリ、夢ミノル、森扇背、久井コージ、コサカジュンペイ)
◆大西ユカリ公式サイト
www.hustle-records.com/