ヒップホップとブルース、同じアメリカ黒人の文化として共通する面がある。日暮泰文氏は書いた。
「西欧的基準による音楽的なものから一線を画そうとし、本能的/意識的の峻別は別として、双方ともに顕著なアフリカの審美基準への回帰など、ヒップホップに顕著な特質は、創世記のブルースに十分感じられることではないか」(『現代思想』1997年10月号 特集ブラック・カルチャー「ヒップホップとブルースを通底するもの」より)
ブルースは時代とともに変容してきた。それはすでにブルースと呼べないかもしれないが、ヒップホップの中にも潜り込んでいると考えられる。
時にヒップホップを指す言葉としても使われる「ラップ」。「ラッピング」とも言われる黒人文化特有の話術(言語行動)、なかでも「ダズンズ」と呼ばれる、相手の親を中傷する言葉合戦は、ブルースとヒップホップの繋がりの例として頻出する。スペクルド・レッドが1929年に吹込んだ〈ザ・ダーティ・ダズン〉は、その言葉遊びをブギ・ウギ・ピアノに乗せたものだ。この曲は人気が高く、当時多くのミュージシャンが同じタイトルの曲を吹込んでいる。ルーズヴェルト・サイクスの〈ダーティ・マザー・フォー・ユー〉も「ダズンズ」に由来する曲で、70年代にジョニー・ギター・ワトスンが放った〈リアル・マザー・フォー・ヤ〉に繋がっていく。
ヒップホップが古いブルースの曲をサンプリングすることもあった。最も有名なのがローウェル・フルスン〈トランプ〉だろう。ソルトゥン・ペパは同じ曲名の〈トランプ〉で用いた。ヒップホップにおけるサンプリングでは、ソースとなったオリジナル曲の歌詞を踏まえた選曲がなされることがある。ブルースとヒップホップには、共有する価値観があるということだろう。
ブルース側からヒップホップに迫った作品もある。ルイジアナのブルースマン、タビー・トーマスの息子、1964年生まれのクリス・トーマス・キングはヒップホップ的手法でブルースに現代性を帯びさせようと90年代から奮闘していた。2002年の『ダーティ・サウス・ヒップホップ・ブルース』はその集大成的作品だった。
アトランタのヒップホップ・グループ、オーガナイズド・ノイズらがファット・ポッサムのブルースマンたちの音源をサンプリングして作り上げた『ニュー・ビーツ・フロム・ザ・デルタ』(2000年)も興味深い試みだった。
2004年にはニューヨークのヒップホップ・アーティスト、ナズが父オル・ダラとの共演作〈ブリッジング・ザ・ギャップ〉を発表。マディ・ウォーターズの〈マニッシュ・ボーイ〉をアップデートしたビートは、フロム・ブルース・トゥ・ヒップホップを端的に現わしていた。
ブルースがヒップホップになったとは言わない。だが、ブルースとヒップホップをつなぐものがあるのは確かだ。
The Roots of Rap
(Yazoo 2018) [1996]
「ラッピング」はアフリカン・アメリカンの伝統文化であり、1920/30年代の録音からなる本CDにも“話芸”が刻まれている
New Beats from the Delta
(Fat Possum 80339-2) [2000]