シンガー、執筆家、宝石デザイナー、社会活動家など多くの顏を持つメンフィスの新進気鋭アーティスト、タリバ・サフィヤ。現在、メンフィス大学音楽ビジネス科で「アーティスト・イン・レジデンス」を務め、同大学が70年代から主宰するレコード・レーベル《ハイ・ウォーター》と共にブルースの新たな表現を追求するプロジェクトを進めている。その一環として生み出されたのがアルバム『Black Magic』だ。ハイ・ウォーター所蔵の音源をサンプリングし、トラップ・ビートと融合させてブルースを「現代の音楽」として再構築した意欲作となっている。
本誌No.177のインタヴュー記事では彼女のキャリアを中心に掲載したが、ここでは収録曲の背景や《ママズ・サンドリー》での活動など本誌未掲載パートをお届けしたい。両方併せてお楽しみください。
[取材・文]井村猛 [取材協力・写真提供]SWEET SOUL RECORDS
―― 『Black Magic』にはディーナーといったメンフィスの出身や縁のあるアーティストたちが参加していますね。
タリバ・サフィヤ(以下TS)「ブランドン・ディーナーはメンフィス出身でロサンゼルスを拠点としているプロデューサー兼ヴィジュアル・アーティストです。2019年に私がLAでショウをした時に彼が見に来てくれて、それで知り合いました。彼とは“Black Magic”と“Have Mercy”、“Jack And Jill”の3曲を一緒にやっています。“Papa Please”には地元の親友、マダム・フランキーが参加してくれました。私たちがやりたかったのは、自分たちの世代らしいモダンで幅広い視野でブルースを解釈することでした」
―― 共同プロデューサーはアリ・モリスですね。彼は数多くのヒップホップ・アーティストたちのゴールド/プラチナ・レコードを生み出したプロデューサー兼エンジニアですが、彼とはどういった経緯で知り合ったのですか。
TS「2022年だったと思いますが、ブランドン・ディーナーが休暇でメンフィスに帰省した時、レコーディングしようということになって、アリのスタジオに行きました。彼は感動的なほど素晴らしいスタジオをメンフィスに持っていて。私たちが3部屋あるうちの一番小さい部屋で録音していると、それを聴いたアリが何曲かデモを録音したいと言ってきたのがきっかけでした。ヤング・ドルフやマニーバッグ・ヨー、キー・グロックといった超有名なヒップホップ・アーティストとの作品がよく知られていますが、他にもたくさんの素晴らしい作品を彼は制作しています。彼と一緒に仕事をしてみて気に入ったのは私の制作プロセスを完全に信頼してくれたことですね」
―― 収録曲についてお聞かせください。1曲目の“Sunshine”は古いワーク・ソングやフィールドハラーのようです。
TS「フィールド・ソングやワーク・ソングを用いて、環境音楽のようなテクニカルな音楽が存在しない空間からこのアルバムを始めたかったのです。(ハイ・ウォーター・レコード所蔵の)ワーク・ソングを自分の体の中で本当に感じられるようになるまで長い時間をかけて何度も何度も聴きました。鉄道工事のハンマーで釘を打つ音、彼らの話声、それら全てが私をその場所に連れて行ってくれるまで。聴いた人にこの曲を通してその場所を見てもらうのが目標でした。中学のクワイア時代からの親友が一緒に歌ってくれています。私が育った家の傍には鉄道があって生まれた時からずっと列車の音を聞いて育ちましたし、この曲でアルバムを始めたかったのです」
―― 続く“Black Magic”ではR.L.バーンサイドの“Bad Luck City”をサンプリングしていますね。
TS「ハイ・ウォーターのカタログを聴き始めた頃、強く印象に残った最初の曲が“Bad Luck City”でした。大好きな曲です。楽器が同じフレーズを繰り返すのに対して彼はずっと語り続けるのですが、彼が心の奥底で感じている何かが曲に浮かび上がっているように思えて。タイトルも興味深いです。メンフィスは音楽の評判は良いけれど、行くのが怖い、“不運の街”だと思う人もいるかもしれません。でも、私にはメンフィスが“ブラック・マジック”に見えるのです。ここには多くの痛みや怒りが存在しますが、同時にそれらを撥ね退ける美しさや深い愛と献身をこの街は備えていますから」
―― この曲のミュージック・ビデオはあなたがタバコを吸いながら通りを歩くというワイルドな雰囲気ですね。
TS「私のミュージック・ビデオの多くを手掛ける友人のザイア・ラヴが制作しました。スタックス・ミュージアムのあるイースト・マクリモア・アヴェニュー界隈で撮影しました。アイザック・ヘイズやカーラ・トーマス、ルーファス・トーマスがヒットを出したスタックスの近くで撮ればこの作品に良い兆しをもたらしてくれると思って(笑)」
―― “Papa Please”は父子の関係が題材ですが、あなたの実体験なのでしょうか。
TS「私自身は父と良い関係でしたよ(笑)。この曲はマダム・フランキーが書いたもので、彼女の友人とその父親との物語です。とても仲が良かったふたりが父親の薬物問題で距離が離れていく。彼女は父親を必死に探すのだけど見つけ出すことが出来ず深く傷つく。一方の父親は今の自分の姿を彼女に見せたくない ―― 私はこの話がとても意味深いと思いました。どこにでもある家族、その中での男性と女性との関係性にもおよぶ話ですから。愛する家族と一緒にいたい時もあれば、自分が良い状況ではないと感じて会いたくない時もある。それはある意味、父と子のロマンティックな関係といえるかもしれない。物理的に一緒にいても感情的には離れている場合もありますし、様々なケースがあるでしょう。単に父と子の関係についての話ではなく、成長の機会や人との繋がりをテーマにしています」
―― “Jack And Jill”はカントリー・ブルース風ですが、この曲にもサンプリング元があるのですか。ハーモニカでメンフィスのイエラ・Pが参加していますね。
TS「レイニー・バーネットの“Hungry Spell”をサンプリングしています。それまで聴いたことがなかったのですがとても印象に残って。私のための曲だと感じたのです。ギターのラインがすごく視覚的で、あのギターラインを聴いているだけで物語の登場人物が見えてくるような気がします。ニーナ・シモンの“Pirate Jenny”とかヴァレリー・ジューンの“Shotgun”とか、物語のある歌が私はすごく好きなんです。“悪人”が主人公というアイデアも。この曲では主人公がどんな見た目でどこにいるのか、聴いた人が自由に思い描ける物語にしました。彼女を好きか嫌いかはあなた次第です(笑)。
イエラ・Pは伝統に忠実な素晴らしいブルースマンですね。どの曲も私のヴォーカル・ラインに合わせて即興でハーモニカを吹いてくれました。この曲のハーモニカは彼しかいないと考えていたんです」
―― “Have Mercy”とそれに続くインタールード“Have Some Mo’”では、R.L.バーンサイドに並ぶ北ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースの巨人、ジュニア・キンブロウの“I Feel Good, Little Girl”を使っていますね。
TS「ええ。R.L.バーンサイドとジュニア・キンブロウが本当に大好きなんです。数週間前、ザ・ブラック・キーズがスポンサーで設置された彼らの史跡マーカーのメモリアル・イベントに私と夫は行く機会があって、(R.L.の孫)セドリック・バーンサイドの兄弟と、キンブロウ家のふたりと会いました。彼らの父親、祖父であるR.L.やジュニアの音楽を私はやっているわけですから光栄でしたね。連絡先を交換しましたし、そのうち彼らと共演するかもしれません(笑)。セドリックとは2018年にナッシュヴィルのアメリカーナ・フェスで一緒になったことがあります。
“Have Some Mo’”は偶然生まれたものです。“Have Mercy”を聴いている時にコンピューターの調子が悪く再生速度が遅くなってしまったのですが、それがすごくクールに聴こえて。それで、意図的にスロウダウンしてやった“Have Some Mo’”をインタールードとして残しました。辛いことや悲しいことをスピリチュアルに癒すために、踊ったりして忘れる時もあれば、一人きりで過ごして克服する時もある。そういう癒し方の違いをこの2曲で表しています」
―― この曲に参加しているマルセラ・シミエンとは親しい仲なのですか。
TS「彼女はルイジアナ出身メンフィス在住の素晴らしいケイジャン・ミュージシャンです。彼女の父親は有名なザディコ・ミュージシャン、ターランス・シミエンなのよ。私の良き友人で、メンフィスに戻って来た頃から親交がありました。メンフィスの音楽業界で尊敬しているひとり。この曲ではウォッシュボードとバック・ヴォーカルをやってくれました」
Part.2へ続きます。近日公開予定。
『ブルース&ソウル・レコーズ』No.177
インタヴュー本編はこちらで掲載しています
TALIBAH SAFIYA
Black Magic
(SWEET SOUL RECORDS)
※デジタル・リリース
1.Sunshine (Intro)
2.Black Magic
3.Papa Please feat. Madame Fraankie
4.Jack and Jill feat. Deener and Yella P
5.Have Mercy feat. Deener and Marcella Simien
6.Have Some Mo’ (Interlude)
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