2018.9.25

【特集:伝えておきたいブルースのこと】㊼催眠グルーヴの渦

時代と共鳴したヒル・カントリー・ブルース
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ジュニア・キンブロウ(左)とR.L.バーンサイド Fat Possum / Laurie Lawson

 90年代に大量にリリースされたブルース新録作品の中でも、最も刺激的だったのが、1992年にミシシッピで設立されたファット・ポッサム・レコードからの諸作であった。それはミシシッピ州北部の丘陵地帯、「ヒル・カントリー」から現れた。

 同地のブルースに注目した評論家ロバート・パーマーは、1992年にドキュメンタリー・フィルム『ディープ・ブルース』を制作する。そこにはヒル・カントリーのブルースマン、R・L・バーンサイドとジュニア・キンブロウが出演していた。彼らのブルースは地域の中でのみ楽しまれていたもので、ロック・マーケットに色目を使うことも、ブラック・ミュージックのトレンドに神経を尖らせることもなく、気になる曲がラジオから流れればそれを取り上げるといった程度で、ヒル・カントリーの内部で発酵を続けていたブルースだった。

 ファット・ポッサムが録音したのは、時代の流れとは別のところにあるブルースであったが、ひとたびアルバムが発表されると、それは同時代のミュージシャンと共鳴し始めた。ギター・リフの反復とドラムによって引き起こされるグルーヴは「ヒプノティック(催眠性)」とも言われ、ヒル・カントリー・ブルースの特徴だが、それがヒップホップ以降のクラブ・ミュージック世代の感性にぴたりとはまった。後にヒップホップ・アーティストやクラブDJとのアルバムも制作されている。

 シンプルなフレーズをノイジーかつラウドに響かせるギターは、ガレージ・ロックのミュージシャンたちと高い親和を見せた。ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンは、バーンサイドとの共演盤を制作し、イギー・ポップはジュニア・キンブロウとツアーを行なった。1994年に〈ルーザー〉で話題をさらったオルタナティヴ・ロック・アーティスト、ベックの作品とヒル・カントリー・ブルースが並べて語られることもあった。2000年代のロック・シーンの重要バンド、ホワイト・ストライプス(ジャック・ホワイト)とブラック・キーズも、ファット・ポッサムが世に放ったヒル・カントリー・ブルースが無ければ現れなかっただろう。

 1997年にはミシシッピ州グリーンヴィル出身のTモデル・フォードが、ファット・ポッサムからアルバム・デビューを果たした。そのとき日暮泰文氏は興奮気味に書き記した。

「驚くべきコンテンポラリー・ブルースであり、20世紀もおわりかという時期になって現れた、すぐれて今日的な音塊」(ブルース&ソウル・レコーズ 17号より)

 ブルースの生まれ故郷、ミシシッピに文字通りのリヴィング・ブルースがあった。R・Lもジュニア・キンブロウもTモデルも亡くなったが、彼らの息子や孫たちが今もそれを受け継いだ、21世紀のミシシッピ・ブルースを奏でている。なんとも頼もしいではないか。

ディープ・ブルース
ディープ・ブルース
(Pヴァイン PVH-29) [1994]
1992年製作。現在、海外でDVD化されているが、日本版はビデオのみ。字幕は無く、聞き取りと訳をブックレットに掲載

T-Model Ford / Pee-Wee Get My Gun
T-Model Ford / Pee-Wee Get My Gun
(Fat Possum 80303-1) [1997]

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