さあ最終日もSold Out。ロビーではリクオと今年初めて出演するTHE HillAndonのメンバーが自らCDを販売し、ファンと声を交わしている。入って左側では有山じゅんじ+清水興らによるウェルカム・ライヴがスタート。入れ替わりに右側でSouth Side Jazz Garageのライヴが始まった。
文:妹尾みえ
写真:FUJIYAMA HIROKO/Mie Senoh
取材協力:NPO法人なにわブルージー/グリーンズ/ジョイフルノイズ
◆South Side Jazz Garage 《Lit line swingers》(永野雄己/Sayaka/岩田智貴/梅本慈丹/鶴澤正真)
昨年もWelcome Artistとしてロビーを沸かせた彼らは、階下のmusic bar S.O.Ra.のイベントから生まれた、ニューオーリンズのエネルギーを強烈に感じさせるユニット。昨年からのファンも少なくない。今年はLit Line Swingersのメンバーを中心にした構成で1日目と3日目に登場。ファンクの骨太さと確かなメロディで、集まった人をぐいっと掴んでいた。
◆THE HillAndon(三木康次郎/楠木達郎/平野竣/髙木太郎)
「平均年齢35歳。the Tigerに次ぐ若手です」と紹介されたときの、小さいけれど確かな拍手は次世代へのエール。楠木達郎の乾いたカッティングがファンファーレのように響き、三木康次郎が長い髪を躍らせながら、柔らかく粘りのある声で歌う。
「唄って踊って救われる。音楽の力を信じたいんや」——求める世界は見えている。それをさらりと歌える素直さも魅力だ。結成は2010年・京都。現在はドラマー脱退後、都度ゲストを迎えており、この日はフェス常連の髙木太郎がスケール感を後押し。当初はノース・ミシシッピ・オールスターズを思わせたが、いまは根から吸い上げた憧れを糧に自由に枝葉を伸ばしている。レゲエ調の〈ラブやで〉から、ブルーグラス、ファンク、ゴスペルのグルーヴで上昇する〈HEISEI HIPPIE〉まで、自在に泳いでいった。
◆リクオ+THE HillAndon
ピアノの一音に観客が集中する。大きな拍手と歓声は、強い気持ちで最高の音楽を信じてきたリクオと観客の信頼の証。〈ジェリー・ロール・ベイカー・ブルース〉を歌い終え、「年の離れた飲み仲間ヒルアンドン!」とメンバーを呼び込む。〈光〉ではTHE HillAndonのコーラスが初々しい。
「ぼくたちは先人のつくった轍をたどって、ここに来ました。いろんな要素が混ざり合ってできている。これからもお返ししながら、次につないでいきたい」——「ちょっとエエ事言い過ぎた?」と照れるリクオに深く頷く。ルーツをリスペクトするとは、単に往年のブルースをなぞることではないからだ。EPでも出ている共作〈On The Road Again〉には、知らず涙ぐんだ。年を重ねても、ときめきはあの頃のまま。二度とない今夜のために、私たちはライヴに通い続けてきた。達郎のギターにも「歴史を受け止めて今ここに立つ」包容力。
リクオと康次郎が「オーティス・レディング!」「マーヴィン・ゲイ!」と交互にシャウトしていくくだりでは、「ブルーズ・ザ・ブッチャー!」「スウィンギン・バッパーズ!」と現役で牽引するバンド名も飛び出す。
「このまま一生こじらせ続けましょう!」と自らに言い聞かせるように始めた〈永遠のロックンロール〉は、THE HillAndonのパワー注入でまさに「音楽サイコー!」 “時を歌うひと”リクオと、時代を担う若者が橋を架けた瞬間に、アンコールを求める拍手が起きた。
◆MITCH ALL STARS(MITCH/鈴木孝紀/細川涼介/富永寛之/岩田智貴/米澤毅風/永田充康)
「昨年はエレクトリックな編成でファンキーでしたが、今年はトラディショナル・ジャズ中心で」と、〈Basin Street Blues〉の心地よいうねりがさざ波のように寄せてくる。今年、MITCHは50歳、音楽活動30周年。〈Dipper Mouth Blues〉〈On The Sunny Side Of The Street〉〈When I Grow Too Old To Dream〉と、よく知られたメロディに身を委ねる観客も。〈Lil’ Liza Jane〉では自然と手拍子が。
「向こうのブルース・フェスにはジャズの人も出るし、ジャズのフェスにもブルースやヒップホップの人が出ます」 ボーダーレスを肌で感じてきたMITCHが音楽監督を務める《大阪城音楽堂フェスティバル JAZZ & Heritage》は今年で4回目。木村充輝や韻シストら多彩な顔ぶれが並んだ。こうした“ヨコのつながり”が、また10年20年と、なにわブルースの歴史を綴っていく。
◆三宅伸治&the spoonful(高橋”Jr.”知治/茜/KOTEZ)
〈たたえる歌〉のイントロで客席の表情がぱっと輝く。彼らがいなければ始まらない。続く〈出発〉には前進の気迫が宿る。〈デイ・ドリーム・ビリーバー〉では下手から有山じゅんじ、木村充輝がふらりと現れ、ともに歌う。2人が“しんちゃん”と呼ぶ、その一言に全面的な信頼が滲む。
〈ベートーベンをぶっとばせ〉では三宅が客席を練り歩き、迎える顔・顔・顔。立てない人も、精一杯の拍手で応える。ラストはもちろん〈Jump〉。いつもの曲だからこそステージを重ね、いつも通り、いや、いつも以上に期待に応え続けるバンドとしての真っ当な強さを感じさせた。
◆T字路s
ティージロスの発音は東京と大阪で違うらしい。ともあれ活動の場を広げる二人は、この夜もデュオで思い切りのいいステージ。〈はきだめの愛〉の第一声に衝撃を受けた人も多かったはず。ギターを掻き鳴らし、ドスの効いた声でドレスの裾をはだけて吠える伊東妙子。クールにベースを刻む篠田智仁。「100年ほど前のブルース・ナンバーで」と始めたのは、ベッシー・スミス〈Send Me To The ’Lectric Chair〉に日本語詞をつけた、吾妻光良も絶賛の〈電気椅子〉。地面に身体を投げ出すような〈スローバラード〉と、カヴァー2曲でがっつり掴む。
一転、愛らしくユーモラスな伊東のMCに、関西の観客も自然と心を開く。〈これさえあれば〉から、「最後は皆さんのご健康とご多幸をお祈りし、地球上から憎しみと哀しみが減りますように。人生の応援歌、〈泪橋〉!」 ピリリとした情景から、明日は陽が差すと信じさせる歌。折に触れ、聴き継がれていくだろう。
◆blues.the-butcher-590213+June Yamagishi+有吉須美人
ホトケと山岸のデュオ作『…still in love with the Blues』にも収録の〈I Don’t Want No Woman〉で幕開け。二人は3日間連続出演。それでも毎日、違う色をまとってみせた深さと広さ。山岸はかつて今の音楽シーンをカンバスになぞらえた。原色で塗り込められたキャンバスなら、混ぜ合わせてどんな新しい色を作るか——だからこそブルースは演奏しがいがある。
この日のブッチャーも、昨日とはまた二色も違う。急遽参加の有吉“アリヨ”須美人のピアノも大きく効いた。〈Party Girl〉から、フライングVでの〈First Time I Met The Blues〉、山岸が歌う〈Don’t You Lie To Me〉へ。
「ニューオーリンズにいてハイになった歌で」と紹介してからのラスト、〈Mojo Boogie〉〈Mojo Workin’〉の“モジョ2連発”は圧巻。これこれ、このピアノ! ブルースは自由だ。自由だけれど、外せない“ツボ”がある。2日目のアリヨも鮮烈だったが、オーセンティックなブルースでのプレイはやはり格別。観客も総立ち。ツアーを続けるブルース・バンドの逞しさを見せつけた。
◆内田勘太郎
この夜、憂歌兄弟以来の“木村充揮×内田勘太郎”共演が叶った。長くなるが、ここはしっかり記しておきたい。
二人の名前は別々に発表されていた。淡い期待はあったが、それは私たちの勝手な夢かもしれない——そんな思いが交錯する中、内田勘太郎が現れる。「やっと呼んでくれたわ」 鋭いスライドが弦を走り、語りかけるように加川良の〈教訓I〉。
客席が少し力むのを感じ取ったのだろう。「そんなに静かに聴かなくてもいいよ」と、肩慣らしのようにマディのフレーズからインストへ。「シーナ&ロケッツ、コンディショングリーン、ベースの裕ちゃん、石田長生、ありがとう」と空に呼びかけた。
◆内田勘太郎+木村充揮+有山じゅんじ+三宅伸治
一人でやっても寂しいのでと三宅伸治が呼び込まれ手拍子と共に〈アイスクリンマン〉。「ちょっとチューニングしていい? では呼びます、有山じゅんじ」 軽く〈第三の男〉を奏でる中、客席は固唾を呑んで見守る。「この際ですから例のあの人を呼びますか」ざわざわと揺れる会場。「どうする?呼ぶ?呼ぶか?…木村充揮です」 現れた木村も「うちだかんたろぉぉ!」と笑顔はみせるが表情は少し固いように見えた。「水でも飲もうかな」と息をつく勘太郎。ギター4人で懐かしい曲やりますとさりげなく歌い始めたのは〈街のほこり〉。尾関真の書いた曲だ。有山も歌う。詰まりそうで縮まらない距離。じれったい。
◆木村充輝+内田勘太郎
「ちょっと二人でやろうかな」と勘太郎。客席からどよめき。空気の流れに任せてギターが鳴り、木村がおどけてから歌い始めたのは〈10$の恋〉。ゆっくりとスライドを滑らせるたび艶のある音が滴る。歌い終え、木村が「ええやないか、おまえ! 腕上げたな」と照れ隠し半分で相棒を称える。
「それじゃ、しんちゃん、有山…」と呼び込もうとするが、どこからか「イヤ」 当然だ。有山も出てきて「二人で終わってくれ。きれいかった」と頼む。
「じゃ、もう一曲だけ」 ——「なんでもいいよ」「ほんなら〈あたしの彼氏〉しよ」 冗談を飛ばす木村に、チューニングに忙しい勘太郎が無言。高校生の頃の二人を少しだけ垣間見た気がした。
と、その手が〈シカゴ・バウンド〉のメロディを奏でる。シカゴに来て二年が経った…あまりにも自然に歌い出す木村。ソロでも歌い続ける曲だが、私たちの記憶の中では、このギターの音色と一緒だ。
もうお手上げとばかりに有山、三宅を呼び込み、ラストは〈嫌んなった〉。ヴォーカルを回しつつ、ギターは聞き覚えのある、あのトーンとメロディ。
「いやんなったー! いやんなったー!」と繰り返しシャウトする木村。いったい何が“嫌”なのか——この曲で初めて覚える、形容し難い感情に戸惑ううちにエンディング。
「木村充揮!」「内田勘太郎!」 互いの名を称え合うと、50分にわたって張り詰めた糸が、ホールに静かに溶けていった。
「ありがとう、またね」 握手に応じる勘太郎の姿は、どこか名残惜しそう。もう4人そろうことは叶わない憂歌団。それはなにわブルース“50年”から生まれた一夜限りの幻だったかもしれない。ただ、私たちの中に息づく日本のブルース——その原点を呼び覚ましてくれたのは確かだ。
◆上田正樹R&B BAND(有山じゅんじ/樋澤達彦/堺敦生/Marvin Lenoar/Yoshie.N)
千秋楽の大トリは、変わらずバンドでソウル・フィーリングを追い続ける上田正樹。イントロダクションからの〈Soul Power〉〈Soul Man〉で、立ち上がって踊る人も。途中、BHBの河合わかばがトロンボーンでファンキーを注入。「アリヤマ」と声をかけてからの胸に沁みるイントロは、今年も新たな感動を生んだ〈悲しい色やね〉。ヒット当時、ブルースか否か論じる向きもあったが、間違いなくこれは“日本のブルース”だ。
真っ赤な衣装のYoshie.Nは、アリサ・フランクリンの〈Do Right Woman, Do Right Man〉を。心の琴線を震わせる彼女にふさわしい一曲で、リハから自然に拍手が起きていた。
フェスのラスト・ナンバーは「藤井裕が書いた曲です」と、サウス・トゥ・サウス時代のファンク・ナンバー〈最終電車〉。結局、“あたりは薔薇色”に見えていた人生は、どこにもなかったのかもしれない。でもそれでいい。それよりリアルに大切なことがあった——そう思ったのは私だけではないはずだ。
アンコールで世代を超えて全員横一列に並んで手を取りあうシーンは今年初めてだったような気もする。お互い元気でここに立てたこと、50年がんばってきたこと、若い世代にまかせたでと伝えたこと――いろんな思いが重なったようにも見えた。
今年は出演者にとっても多くの観客にとっても50年という時間を映す人生の祝祭になった。一方で「なつかしい」音楽も、若い世代にとってはすべて「あたらしい」ものになる。半世紀ブルースを愛し続けてきた人たちのステージをもっともっと多くの人に観てほしい。来日したメイヴィス・ステイプルズは86歳。ボビー・ラッシュ92歳。みんな時代と向き合いステージに立ち続けている。さて来年は数えて10回目。まだまだ歴史は続く。