2023.11.16

ストーンズはストーンズとして今もここに在る~ザ・ローリング・ストーンズ『ハックニー・ダイアモンズ』を聴く

ストーンズはストーンズとして今もここに在る

文/原田和典

平手友梨奈のテレビドラマ『うちの弁護士は手がかかる』で〈アングリー〉を初めて聴いてからというもの、首を伸ばしに伸ばしてこのニュー・アルバムを待っていた。相当な統制をしたのか流れてくる事前情報は本当にわずかだったが、そのぶん、こちらの想像力は高まるばかり。ブルース・ナンバーは含まれているのだろうか、複数のギターによる熱い絡みは味わえるのだろうか、スライド・ギターのプレイもあるといいなあ、キース・リチャーズのリード・ヴォーカル曲は絶対に入れてくれよな、などなど、頭の中で“希望リスト”がどんどんふくらんでいく。徐々に、ポール・マッカートニー、スティーヴィ・ワンダー、レディー・ガガ、エルトン・ジョンなどがゲスト参加していることが報道されたりもしたが、あくまでもストーンズの、待ちに待ったアルバムなのだから“五分(ごぶ)の共演”のような形だと、個人的にはあまりスッキリしない。そのへんよろしく頼むぜ、とこれまた自分勝手な希望を脳内からアルバム・プロデューサーに送信した。

そして、いま『ハックニー・ダイアモンズ』がここにある。第1段落で書いた勝手な希望はほぼ叶えられ、「ああまったく、濃厚なローリング・ストーンズの世界だ」と、音に酩酊した。なかでも、スライド・ギターがこちらの琴線をグリッサンドする〈ドリーミー・スカイズ〉から、キースの歌う〈テル・ミー・ストレイト〉に至る流れが実に起伏に富んでいて、しかも共通した粘っこさとノリの良さがある(私がプロデューサーならこの5曲をそのままアナログ盤の片面にすることだろう)。パフォーマンスは全体的に短めに切り上げられ、「もっと聴きたい」という気持ちを幾分与えつつ終わる。私はこの感触を、「発展したものを聴きたければ、今後のライヴにぜひ駆けつけてくれ」というバンド側からの招待であると勝手に解釈した。力作ぞろいのトラックのなかで、とくに心かきむしられたのは8曲目〈リヴ・バイ・ザ・ソード〉だ。このリズム、このギターのこねくりあい、この粘っこいヴォーカル! 後半部分でシャウトがさらに白熱するところも鳥肌ものだ。自然に再生ボリュームを大きくして、ストーンズを浴びる快感によがってしまったのは私だけではないに違いない。21年に亡くなったチャーリー・ワッツ、脱退して30年になるビル・ワイマンも参加していて、つまり76年から93年まで続いたラインナップが揃っているのも話題を集めることだろうが、とにもかくにも、オトそのものが再生機器から飛び出してきそうなほどの迫力だ。

1963年のレコーディング・デビューから満60年。いまやストーンズは「全世代を歓迎するロックンロール・エンタテインメント」となった観がある。私は80年、音楽評論家の八木誠がガイドする深夜のAM番組で『エモーショナル・レスキュー』からの楽曲を聴いて惹かれた。続いてライヴ映画『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』の存在を知り、数年後にVHSを購入した。


『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』
DVD(ポニーキャニオン PCBE53975)1982年制作

商品のキャッチフレーズは“地獄からやってきた悪魔の化身たち!!”。73年の来日中止の件も音楽雑誌を通じて読み、鳥井賀句が編纂した宝島社『ストーンズ・ジェネレーション (ストーンズ・フリーク達の熱い賛歌)』も図書館から借りていたから、“日本入国を拒否された、スキャンダラスな無法者集団”というイメージが、ここで自分の中に勝手に植わさった(←北海道弁)。そうこうしているうちに88年の春、日本でロン・ウッドのライヴ(ボ・ディドリーとの共演)、そしてミック・ジャガーのソロ公演が実現するという情報をFM雑誌で知った。その翌年、私は上京して新聞専売所に住み込むのだが、それからほどなくして流れてきたのが、もう、誰もが仰天したに違いない“ストーンズとしての来日公演”の情報。夕刊の配達を同僚に替わってもらい(ありがとう)、開演数時間前には東京ドームのまわりでワクワクしていたと思う。同じころFMもストーンズ特番の花ざかりで、あるプログラムではストーンズの公式アルバムを1カ月ぐらい順繰りにかけていた記憶がある。

Photo by Koh Hasebe/Shinko Music/Getty Images

1990年2月9日、初来日時の記者会見の模様。左からロン・ウッド、ミック・ジャガー、チャーリー・ワッツ、キース・リチャーズ。ビル・ワイマンは父親が危篤だったため来日が遅れこの場にはいなかった

以降、新作を聴き、旧作をさかのぼり(赤帯のロンドン盤CDはかなり買った)、『ロックン・ロール・サーカス』など発掘ものにも耳を傾け、各メンバーのソロ作品も聴き、公演に行き、というのが、自分にとっての90年代であり、それはまだ続くものだと2000年代になっても思っていたのだが、オリジナル・アルバムを通じての新経験は2005年の『ア・ビガー・バン』でいったん、途絶えた。

 
(左)『ロックン・ロール・サーカス』

DVD(ユニバーサル UIBY-15110)
Blu-ray(ユニバーサル UIXY-15030)
オリジナル発表年 1996年

(右)『ア・ビガー・バン』
CD(ユニバーサル UICY-79253) [SHM-CD]
オリジナル発表年 2005年

それから18年の歳月が流れ、ストーンズはストーンズとして、今も『ハックニー・ダイアモンズ』と共に、ここに在るのだから感無量だ。と同時に、自分より遥か前、60年代からストーンズを聴いているファンが抱く感銘がどれほど深いものであろうか、そこにも思いをはせてしまうし、このアルバムで初めてストーンズに触れる次世代、「ブルースがたっぷり流れ込んだ、限りなく豊穣なロックの海」に入りはじめたばかりの彼らのこれからをうらやましくも感じる。

数分間だけYouTubeで公開中の、ニューヨークで行われた新作発表記念スペシャル・ライヴの模様も手ごたえがあった。ストーンズはなおも転がり続ける。


ザ・ローリング・ストーンズ新作発売記念サプライズライブ in NY

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ザ・ローリング・ストーンズ
『ハックニー・ダイアモンズ』
CD(ユニバーサル UICY-16194)[デジパック仕様]

CD(ユニバーサル UICY-16195)[ジュエルケース仕様]

日本盤のみボーナス・トラック1曲収録/英文解説翻訳付/歌詞対訳付/SHM-CD

LP(ユニバーサル UIJY-75239)[直輸入仕様/限定盤]
日本盤のみ英文解説翻訳付/歌詞対訳付

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