2023.11.17

ザ・ローリング・ストーンズ『ハックニー・ダイアモンズ』から見る「ストーンズの新譜を聴く」という行為

「ストーンズの新譜を聴く」という行為

文/柴崎裕二

18年ぶりとなるローリング・ストーンズのオリジナル・アルバム。ということは、ローリング・ストーンズに対して一家言持つ人々が、18年分の期待、希望、祈り、ときに小言(?)を一斉に浴びせかけるアルバムということでもある。なぜそうなるのか。理由は単純だ。ローリング・ストーンズというロック・バンドが、あまりに巨大で、あまりに多くの人々を楽しませ、それゆえに各人の中に動かしがたい「ローリング・ストーンズ像」を根付かせてきたからにほかない。

私を含む全てのストーンズ・ピープルは、この各自が設えた「ローリング・ストーンズ像」に引き合わせながら、その新作を隅々まで味わい、称賛し、ときには細部を取り上げてこき下ろそうとする。もはや、こういった一連のファンからのヴィヴィッドな反応自体が、「ローリング・ストーンズの新譜」というイベントを作り出しているふうだ。くりかえすが、本作『ハックニー・ダイアモンズ』は、前作『ア・ビガー・バン』以来18年ぶりに届けられた純然たる新作なのだ。喧々諤々、様々な口が様々な意見を発信し、議論を呼ぶのも無理はない(というか、それこそが組織としてのストーンズ側の狙いでもあるはずだ)。いったい、彼らを置いて、世界中のどこにそういう現象を引き起こすロック・バンドがいるだろうか。

ざっと確認した限り、『ハックニー・ダイアモンズ』への批評は、賛否がくっきりと別れている印象だ。逐一紹介するのはよすが、ざっくりいえば、「賛」の方は何よりもまずその「若々しさ」を褒め称えているのが目立つ。ミックのヴォーカルの艶やかさ、伸びやかさにはじまり、黄金期のソングライティングをセルフオマージュしたような作曲の冴え、キースとロニーの相変わらずオリジナルきわまりない闊達なギターなどを挙げ、その生涯現役のかくしゃくぶりを祝っている。また、それらを巧みに采配したプロデューサーのアンドリュー・ワットへの賛辞も惜しまない。

一方で、「否」の方といえば、主にその「若々しさ」がコテコテのコーティングによって捏造されている=若作りをしている風であるのをあげつらう論調が多いように思う。具体的にいえば、メンバーのプレイにもまして、レディ・ガガやエルトン・ジョン、ポール・マッカートニーらのメガスターを惜しげもなく投入したブロックバスター的な座組や、ワットによるあからさまに派手派手しい音作りに対する疑義が呈されている。

こうした評価の二分ぶりには、それぞれの評者なりリスナーが抱く「理想のストーンズ像」のズレが見え隠れしている。つまり、本作を好意的に受け止める前者の論調からは、ローリング・ストーンズという存在が結成以来常にポップミュージックとしてのロック文化の前線を守り、体現し、ロックという芸能を賦活しつづける存在である(あってほしい)という、ある種の規範化された意識が見えてくる。

一方で、本作に批判的な後者の側が現在のストーンズに投影しているのは、元はポップカルチャーの中枢を担いながらも、時代の流れとともに変質し、その経年のあり方それ自体が鑑賞の対象となるような、そういう「渋い」ロック・バンド像であると思われる。

私としては、どちらの意見にも与出来るような気がするし、かといって全面的にどちらかの側に付くのもためらわれる、というのが正直なところだ。多くのファンのみなさんと同じように、私はこの新作を大いに楽しんだし(2曲だけだとはいえ、チャーリーのドラムが聴けたのは、感動以外なにものでもない!しかもビルまでもが参加しているではないか!)、一方で、狙いすましたようなプロダクションに興ざめの感を一ミリも抱かなかったかといえば、やはり嘘になってしまう。

つまるところなにが言いたいかといえば、はじめに述べたことと重複するが、こういうアンビバレントな気持ちを抱えながら気付くと興奮から逃れられない自分を発見してしまう、という状態それ自体が、「ストーンズの新譜を聴く」という行為の面白さに違いない、ということだ。思えば、こうした気持ちは、かつて多くのストーンズ・ファンが味わってきたことでもないか? 『サタニック・マジェスティーズ』が、『山羊の頭のスープ』が、『ブラック・アンド・ブルー』が、『女たち』が、『アンダーカヴァー』が、『ブリッジズ・トゥ・バビロン』が初めて世に出たその時、時々のファン達がどう感じ、どう聴いたのかを想像して(思い出して)みてほしい。

結成から61年を数える、超ベテラン・バンドの新作に触れて、感動と当惑が入り混じった気持ちを味わえるなんて、考えてみればものすごく幸せなことなのだ。ローリング・ストーンズに関する話は尽きない。当たり前のことだが、それこそがこのロック・バンドの偉大さを物語っている。

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ザ・ローリング・ストーンズ
『ハックニー・ダイアモンズ』
CD(ユニバーサル UICY-16194)[デジパック仕様]

CD(ユニバーサル UICY-16195)[ジュエルケース仕様]

日本盤のみボーナス・トラック1曲収録/英文解説翻訳付/歌詞対訳付/SHM-CD

LP(ユニバーサル UIJY-75239)[直輸入仕様/限定盤]
日本盤のみ英文解説翻訳付/歌詞対訳付

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(左)『サタニック・マジェスティーズ』
CD(ユニバーサル UICY-79996) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1967年

(中)『山羊の頭のスープ』
CD(ユニバーサル UICY-15882) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1973年

(右)『ブラック・アンド・ブルー』
CD(ユニバーサル UICY-79244) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1976年

  

(左)『女たち』
CD(ユニバーサル UICY-79245) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1978年

(中)『アンダーカヴァー』
CD(ユニバーサル UICY-79248) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1983年

(右)『ブリッジズ・トゥ・バビロン』
CD(ユニバーサル UICY-79252) [SHM-CD]
オリジナル発表年 1997年

『ア・ビガー・バン』
CD(ユニバーサル UICY-79253) [SHM-CD]
オリジナル発表年 2005年

 

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