2018.9.18

追悼ビッグ・ジェイ・マクニーリー

豪放なサックスと笑顔を生むエンタメ精神
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 1949年の「ディーコンズ・ホップ(The Deacon's Hop)」、1959年の「ゼア・イズ・サムシング・オン・ユア・マインド(There Is Something On Your Mind)」の大ヒットでも知られる、ロサンジェルスのサックス奏者/シンガー、ビッグ・ジェイ・マクニーリーが、2018年9月16日、同地で癌のために亡くなった。91歳だった。

 ビッグ・ジェイは本名シーシル・ジェイムズ・マクニーリー(Cecil James McNeely)、1927年4月29日、ロサンジェルスのワッツ地区に生まれた。兄の影響で16歳からサックスを始め、高校時代にはジャズ・サックス奏者のソニー・クリスやピアニストのハンプトン・ホースが学友だったという。地元のクラブで演奏するようになると、同地の人気楽団を率いるジョニー・オーティスに誘われ同楽団に参加。1948年にはサヴォイ・レコードに初の自己名義録音を行っている。同年12月に行われたセッションで吹込んだインスト・ナンバー「ディーコンズ・ホップ」がR&Bチャート1位の大ヒットとなり、その名を一躍轟かせた。同曲でも聴ける、音を濁らせたり、高音を金切り声のように響かせる奏法は「ホンク・テナー」と呼ばれ、ビッグ・ジェイは「ホンカー」を代表する存在となった。ソングライターとしても優れ、リトル・サニー・ワーナーをシンガーとしてフィーチャーした1959年のスロー・バラード「ゼア・イズ・サムシング・オン・ユア・マインド」は、R&Bチャート5位を記録。ロサンジェルスのチカーノの間でも人気で、その1曲を演奏するためにチカーノの音楽フェスに出演することもあったほどだ。

 目玉をギョロリと見開き、サックスを吹きながらステージを降りて客席を練り歩いたり、寝転がって吹いたり、白い手袋を付けて照明を落としブラックライトで手とサックスを浮かび上がらせたり、エンタテイナーとしての魅力も抜群で、世界各地を飛び回り人気を博したビッグ・ジェイ。1996年に初来日公演、2012年と2015年には日本が誇るジャンプ・バンド、BLOODEST SAXOPHONEとの共演を行い、新旧のファンを熱狂させている。

 その創作意欲は晩年になっても衰えず、ヒップホップのビートを取り入れたり、世界各地のアーティストとの共演盤を数多く残している。BLOODEST SAXOPHONEとは、2012年の来日公演を収めたライヴ盤『ライヴ・イン・ジャパン』、2015年のスタジオ作『ブロウ・ブロウ・オール・ナイト・ロング』を残した。

 2012年に来日した際、ビッグ・ジェイは語ってくれた。

「ただお客を楽しませたいと思ってやっている。その主義はずっと変わっていない」(本誌No.109インタヴュー記事より)

 彼が残してくれた音楽は、これからもずっと私たちを楽しませてくれるにちがいない。安らかにビッグ・ジェイ。

*以下、ビッグ・ジェイとBLOODEST SAXOPHONEの共演CD2点

BIG JAY McNEELY with BLOODEST SAXOPHONE / Live In Japan
(Blue Balls Records FAMC-214)
BIG JAY McNEELY with BLOODEST SAXOPHONE / Live In Japan

BLOODEST SAXOPHONE feat. BIG JAY McNEELY / Blow Blow All Night Long
(Mr. Daddy-O Records SPACE-006)
BLOODEST SAXOPHONE feat. BIG JAY McNEELY / Blow Blow All Night Long

BLOODEST SAXOPHONE feat. BIG JAY McNEELY / Big Jay Meets The Deacon