コロナ禍にある現在、このドキュメンタリーを観るのはなかなか酷だ。なぜって人と触れ合うことのぬくもりが映画全編から感じられ、しばらく会ってないあの人に今すぐにも会いたくなってしまうから。
本作の主役コージー大内は、2008年に『角打ブルース』(MARUYOSHI)でCDデビュー、出身地の大分県日田市の言葉を用いた日本語詞によるブルースは「弁ブルース」と呼ばれ、たちまち日本各地のブルース・ファンの心をつかんだ。日田弁という日々の生活に根付いた言葉を、米国テキサス生まれのブルース偉人、ライトニン・ホプキンスらに倣ったギターの響きに乗せる前例のないスタイルは、革命的といっていいほど斬新なのだが、それでいてずっとどこかにあったもののように聴く者の心に抵抗なく入ってくる。
『ブルースんどれい』と題されたこのドキュメンタリー映画は、2016年から2020年にかけてのコージー大内の記録である。現在拠点とする東京都内のライヴハウスやブルース・バーでの演奏シーン、レコード店でのCD発売イベントの様子、帰郷し「ふるさと祭」「ふれあい祭」と名のつく町のイベントで凱旋コンサートを行う模様などが記録されている。それらはひとりのミュージシャンとしての活動の記録であると同時に、コージー大内という人間そのものを飾りなく映し出す。各地でファンとふれあい、子供からサインを求められ、故郷では幼馴染と再会し、かつて世話になったとんかつ屋の親父さんと思い出話に花を咲かす。コージーはいつでも自然体で、取り繕ったり、懐に何かを隠していたり、裏を読もうとしたりしない。しているかもしれないけど、それをまったく感じさせない。その姿は人懐こい彼のブルースとまったく同じだ。
教員・映像作家として活動する本作の監督、佐藤博昭はコージーのブルースを「初めてだけど懐かしい風景」と感じたという。映画冒頭にはコージーのブルースを聴いた人たちの感想が流れるが、そこでも「懐かしい」という声があった。コージーの日田弁ブルースが、彼らに心のふるさとの情景を思い浮かばせるのだろうか。そこにいる人々、家族、友人、ご近所さんたちの顔とぬくもりも一緒に。
本作は随所にコージーの演奏が挿まれ、ミュージシャンとしての魅力を確かに伝えてくれる「音楽映画」だ。けれど、彼の凄さをことさら強く訴えるものではない。その類まれな才能が、日々の暮らしやふるさとでの経験、人とのふれあいの中で育まれている事実を淡々と見せる。コージーのたたずまいは、自分の周りの人に向けてユーモアとウィットに満ちた音楽を奏でたライトニン・ホプキンスや多くのブルースマンたちの姿と重なる。そう思わせるのは彼がブルースを演奏するからというより、地に足のついた歌を歌っているからだ。人の顔が見える歌、生活に根を張った歌、それこそコージーの音楽の最大の魅力である。
彼を知る人もまだ知らない人も本作を観れば、どこにでもいるような、けれど代わりのいない男、コージー大内に魅かれることだろう。■
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『ブルースんどれい』
出演(歌と演奏) コージー大内 ほか
撮影・構成・編集 佐藤博昭
2021年制作/111分
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Facebookページ
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コージー大内
大分県日田出身、1967年生まれ。21歳で上京し、ライトニン・ホプキンスのブルースにのめり込む日々だった。アルバイトの休日と休憩時間はギターの練習に打ち込む毎日を送る。26歳、阿佐ヶ谷のブルースバー、ギャングスターにて初ライブ。以後、日田弁でブルースを歌い続ける「弁ブルース」は唯一無二のスタイルとなる。
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アルバム
『角打ブルース』2008年 『X(ばってん)ブルース』2012年 『一番街 Live at チェッカーボード』2016年
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佐藤博昭
1962年生まれ。 教員・映像作家として、大学、専門学校、高校で授業を担当しながら、極私的映像制作を行う。個人映像の自主上映組織SVP2代表として1997年より活動を開始。断続的に作品発表、上映活動、映像制作ワークショップを行っている。 これまでにドキュメンタリー、ビデオアートの短編映像作品を14本発表している。