2018.9.7

【特集:伝えておきたいブルースのこと】㉟三大キングの居場所

ブルースを愛す米国の若者たち
talking_about_the_blues_35

 フレディ・キングは吠える。

「『ブルースを売るのは難しいからねえ』って言うんだ。『あんたどうかしてんじゃないのかい、そりゃ売りこみ方次第だよ、ブルースを売り込めば、ちゃんと売れるさ』っておれは言ってやった。だって、エリック・クラプトンは、二度か三度大もうけしてるだろ。ジョニー・ウィンターも金持になったしさ」(『ブルーズメン』ロバート・ネフ&アンソニー・コナー著/三井徹訳/ブロンズ社)

 1974年の発言だ。レオン・ラッセルのシェルター・レコードからアルバムを3枚発表し、アメリカやヨーロッパで、主に白人のロック・ファンに向けたライヴを行なっていた時期である。

 ブルースは、ロックのマーケットの片隅に居場所を見つけた。そこで重宝されたのはギタリストだった。フレディが名前を上げたエリック・クラプトンやジョニー・ウィンター、ピーター・グリーンやマイク・ブルームフィールド等、英米のロック・ギター・ヒーローたちが敬愛するブルース・ギタリストは名を知られ、ロック・ファンが集まるライヴ・ハウスに出演することができた。

 いつからか「三大キング」と呼ばれるようになった、B・B・キング、アルバート・キング、フレディ・キングは、ロック・マーケットの中で自分の居場所を見つけたブルース・ギタリストの象徴的な存在だ。

 B・Bは1962年にメジャー・レーベル、ABCパラマウントと契約。60年代の終りに向けて、英米でブルース・ブーム熱が上がりだすと、徐々にロック・ファンの間でその名が浸透する。1969年にはローリング・ストーンズの全米ツアーのオープニング・アクトとして参加。翌70年には〈ザ・スリル・イズ・ゴーン〉がポップ・チャートで15位まで上がるヒットとなり、グラミー賞も獲得したことで、以後、ロック・マーケットを意識したアルバムを積極的に作った。

 アルバートはレコード・セールス上では大きくクロスオーヴァーを果たすことはなかったが、〈ボーン・アンダー・ア・バッド・サイン〉〈ザ・ハンター〉などがロック・アーティストにカヴァーされ、その名を広める。1968年にフィルモア・ウェストで行なったライヴ中継盤『ライヴ・ワイアー/ブルース・パワー!』は、彼のダイナミックなギター・プレイが堪能できるものとして名高い。

 フレディはレオン・ラッセルとアルバムを作った後、エリック・クラプトンとの共演ライヴを収めたアルバムをRSOから発表。同時にディスコを意識したブギ・ナンバーも吹込み、ヴァイタリティ溢れる活動をしていたが、76年に42才の若さで亡くなってしまった。

 ロック・マーケットはブルース安息の地となったのか。それとも、甘い蜜はブルースの進む道を惑わせたのか……。

特集:伝えておきたいブルースのこと50