RECORD
2018.5.9

MAVIS STAPLES If All /I Was Was Black

分裂する世界に向けた メッセージ・アルバム
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 ステイプル・シンガーズ時代から社会問題と深く関わる曲を歌ってきたメイヴィス・ステイプルズの新作は、現在のアメリカや世界の国々で噴出している「分断」に対する強いメッセージだ。「私たちは今、お互いのことを、本来そうあるべき形で愛し合うことができていないと思う」(以下、メイヴィスの発言は全てプレス・リリースより引用)とメイヴィスは語る。続けて「世界を素晴らしいものにしたいと言っている人たちもいますが、私たちが素晴らしさを無くしたことはこれまでに一度もありません。私たちはただ、分裂してしまっているだけです」とも語る。米国内の人種問題、世界各国におけるヘイト・クライムやヘイト・スピーチを歌の力で変えたい。それが簡単ではないことは、家族で公民権運動を闘ってきた経験があるメイヴィス自身が一番よく分かっているはずだ。それでも「ここにある歌は世界を変えるでしょう」と希望を失わない。

 アンタイ(Anti-)からの6作目となる本作は全曲オリジナルで、ジェフ・トゥイーディ(ウィルコ)が曲を書いている(3曲はメイヴィスとの共作)。トゥイーディはメイヴィスの2010年作『You Are Not Alone』、2013年作『One True Vine』、そしてポップス・ステイプルズの未発表テープを現在に甦らせた『Don’t Lose This』でプロデュースを担ってきた。メイヴィスが今何を歌いたいのか、それを最もよく理解している一人といえるだろう。

 アルバムは、現実の問題に対する怒りを宿しながら、「愛」と「希望」を失わない姿勢で貫かれている。攻撃的になるのではなく、理解を示し、連帯を訴え、共に変わっていこうとメッセージを放つ。今はもっと愛が必要な時だと歌い(①)、友人を信じ続ける気持ちを示し(④)、困難な中にあっても「私の心は希望に満ちている」と平和を求める夢を失わない強さを表す(⑤)。アルバムの後半に入ってもこの姿勢は変わらない。「泣いている時ではない、やるべきことがある」と歌い(⑥)、分断され別のところにいる相手に対して互いに歩み寄ろうと語りかける(⑦)、アルバムの最後では「何度でもやり続ける」と自らを鼓舞するように歌う(⑩)。

 メイヴィスは2007年の『We’ll Never Turn Back』で、50~60年代の公民権運動時に歌われたフリーダム・ソングや人種問題を歌ったブルースを取り上げていた。最新作でもその気高い心は全く輝きを失っていない。声量やシャウトの激しさは往年と比べられないとしても、聴く者の心に届く声は今も健在だ。トゥイーディは、高齢となったメイヴィス(1939年生)の今の歌い方に合った曲を用意している。アップテンポの曲は少なく、そうした曲でも古い霊歌のようにシンプルなフレーズの繰り返しを用いている。⑤と⑩では、ミシシッピ・ジョン・ハートのようなアコースティック・ギターによるフィンガーピッキング・スタイルでメイヴィスを支え、あの時代を思わせる。行動し続けることの大切さを説くように。

 メイヴィスのバンドのレギュラー・ギタリストであるリック・ホルムストロムによる演奏も必要最低限の音に絞り込んで、メイヴィスの歌声を際立たせている。①や③ではスライの『暴動』を思わせるリズム・ボックスが使われている。
 最初に聴いたときは、ジャケット写真の、影に覆われたメイヴィスのようにどこか重く感じられたが、歌詞をかみ締めながら繰り返し聴くことで、込められたメッセージが強い光を放ち始め、この熱すぎないトーンが本作に説得力を与えていると感じた。決して譲れない信念、そして、歌うべき歌がある人は美しい。(濱田廣也)

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