まだ子どものころ、テレビの洋画劇場で放映された映画『スティング』から聞えてきたノスタルジックなピアノの響きを心地よく感じたのを覚えている。1973年度第46回アカデミー賞で6部門を受賞した本作は、「ラグタイムの王様」スコット・ジョプリンの作品をサウンドトラックに用い、アカデミー賞「ミュージカル映画音楽賞」を受賞している。
ラグタイムは1897年から1917年までが全盛期とされ、ヨーロッパの音楽と黒人のリズムが融合したものとしてジャズの直接のルーツとも言われている。黒人たちの間で流行っていた「ケイク・ウォーク」というダンス・コンテスト用の音楽の発展型という説が有力だ。奴隷解放後の「南部再建期」に生まれたケイク・ウォークはシンコペイトするリズムが特徴で、バンジョーでの演奏や、コルネット、トロンボーン、サックス、クラリネット、フルートなど管楽器からなる黒人の軍楽隊でも演奏されていた。こうした軍楽隊のレパートリーには、マーチやポルカなどがあり、そこにケイク・ウォークなどの南部の黒人の間で親しまれていたダンス・ミュージックが合わさり、ラグタイムが生まれ発展していった。
ラグタイム・ピアノが盛んだったのは、ミズーリ州のセデーリアやセントルイスだった。そこには売春宿や酒場が並ぶ通りがあり、ピアニストたちの稼ぎの場となっていた。クラシック音楽を学んでいたスコット・ジョプリンも19世紀の終りにセデーリアに来て、生計を立てるため売春宿で演奏した経験がある。そしてこの地で、ラグタイム作曲家として名を上げた。
ラグタイムは流行の全盛期を過ぎても、ミュージシャンたちの演目として残った。バンジョーに代わってギターが普及するとラグタイム・ギターが街や農村の溜まり場で、ブルースとともに人気を得ていた。ピアノ演奏をそのままギターに置き換えたような名人芸を聴かせたブラインド・ブレイク、ゲイリー・デイヴィス、ブラインド・ボーイ・フラーは、なかでもよく知られている。
ヨーロッパの音楽とアフリカ由来の黒人音楽の融合という点では、ラグタイムもブルースも同じである。19世紀の終りから20世紀初頭にかけての10年間は、ジャズや黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアルズ)も大きく発展した時期であり、アメリカの大衆音楽が黒人たちによって大きな変化を遂げた時期であった。ブルースもその大きなうねりの中で産声を上げた。
スコット・ジョプリン 真実のラグタイム
ジョプリンの足跡を追いながら、ラグタイムの歩みや時代背景も知ることができる一冊 伴野準一著/春秋社刊 [2007]
ラグタイム・ブルース・ギター名作選(Pヴァイン PCD-20080) [2011]
1924~40年にかけて録音された、ギター演奏によるラグタイム集。ブラインド・ブレイク、ブラインド・ボーイ・フラー、ウィリアム・ムーアらによる名人芸がたっぷり。選曲は小出斉氏
From Cake-walk To Ragtime 1898-1916(Fremeaux & Associes FA 067) [1997]
ケイク・ウォークからラグタイムまで、20世紀の変わり目に親しまれたダンス・ミュージックを、バンジョー弾き語りや大編成の楽団など、様々なアンサンブルで聴かせる