2022.6.24

【LIVE REPORT】TOKYO BLUES CARNIVAL 2022

 2022年5月29日(日)、日比谷野外音楽堂にブルースが帰って来た。1986年に始まり日本におけるブルース・フェスの代表格だったジャパン・ブルース・カーニバル(2006年からジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルに名称変更)。ジョニー・ウィンターらが出演した2012年の開催を最後に長らく中断されていたのだが、今回、国内アーティストのみによる《TOKYO BLUES CARNIVAL》として復活を果たしたのだ。

 気温29度、雲一つない青空。少し汗ばむほどの初夏の陽気の中、ゲート前では15時の開場を今や遅しと多くの人々が列をなして待っていた。かつてのブルース・カーニバルを知るオールド・ファンと思しき方々から20代らしき若者まで世代はさまざま。その表情から皆がこの日を待ち望んでいたことが窺える。

 ブルース・カーニバル以外で野音に来ることのなかった筆者にとっては実に10年ぶりの再訪だ。しかもこの2年はコロナ禍でライヴに行くこともままならなかったこともあって、いざ会場に入ると野外フェス独特の雰囲気に懐かしさと嬉しさが込み上げてきた。「久しぶり!」「元気だった?」といった会話があちこちの人の輪から聞こえてくる。筆者も本誌ライター陣の何人かと暫く振りに会うことが出来た。少しずつ、でも確実に以前のようにライヴを楽しめる日常が戻りつつあるのだ、と感じる。

 
撮影:井村猛

 とはいえ、いまだコロナ禍が収束しないなかでの開催。飲食は後方に設けられた専用スペースでのみ可能で客席では禁止、観覧中は必ずマスクを着用するようにと何度もアナウンスされていた。1席ずつ空けることなく満席の観客を感染から守る適切な処置だろう。立ち呑みだろうと酒が呑めるのだから文句はない。(時代の趨勢とはいえ10年前にはあった喫煙スペースが無くなっていたのはヘヴィースモーカーの身にはショックではあったが……。)開演を前に飲み物を仕込もうと売店前には長蛇の列、記念Tシャツがお目当てなのかグッズ売り場も大盛況の様子。時刻は16時、さあ、いよいよ祭りの始まりだ。

 「Yeaaah!」ブルース・カーニバルといえばこの人、名物MCゴトウゆうぞうがカメリヤマキの弾くギターのシャッフル・ビートに乗って登場、開口一番、威勢のいい雄叫びを上げる。これだよ、これ! この二人が登場した瞬間、ブルース・カーニバルの復活を実感した人は多かったに違いない。「帰って来ました!」という彼の言葉に早くも涙腺が緩みかけてしまう。飲食についての説明などがされるなか、SEで“Got To Blues”が流れ出し、ゴトウの呼び込みでトップバッター、三宅伸治&The Red Rocksがステージに姿を現す。

 青色のスーツを着込んだ三宅の「We gotta BLUES!!」の一声から、ジェイムズ・コットン“Boogie Thing”を翻案した〈ブギ・シンジ〉でスタートだ。強烈なブギ・ビート、KOTEZのパワフルなハーモニカ・ブロウに煽られ冒頭から会場はヒートアップ。すでに踊り出す人もいる。続いてメンバーが順番にヴォーカルをとる〈It’s Alright〉で顔見せが終わったところで三宅のMCに。「復活おめでとう! 最高です!」という彼の気持ちは観客も同じだろう。そして「いま必要なのは平和のブルース、ラヴソングです」と〈歩こう〉へ。初夏の日差しの下、陽気なニューオーリンズ調ビートにお祭り気分が盛り上がる。三宅の「楽屋ではバッパーズが酒盛りを始めてました」という話に会場から笑いが起き、お次は〈ブルースの子ども〉だ。マディ・ウォーターズやオーティス・スパンのほか永井ホトケ隆やウィーピング・ハープ・セノオの名前が織り込まれたこの曲、36年前から国内外のアーティストで紡いできたこのブルース・カーニバルの場で聴くと特別な意味を感じてしまう。最新アルバム『Got To Blues』から4曲を披露したところで、十八番R&R〈ベートーベンをぶっとばせ〉でさらに観客を焚きつけていく。ウルフルケイスケのギターからベース、ドラムとソロが回り、三宅のソロでは観客とのコール&レスポンス、チャック・ベリーばりの背面弾きまで飛び出し大盛り上がり!


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 ここでゲストの鮎川誠が参戦だ。「1986年の第一回に出ました。この10年間寂しかったです。ブルースが野音に帰ってきたぜ!」と始まったジョン・リー・フッカーの“Boom Boom”、鮎川の歪んだ爆音ギターが日比谷のビル街に轟く。「ブルースから生まれたR&Rです」と次の曲に触れたところで誰もがピンときたことだろう、そう、シーナ&ロケッツの名曲〈レモンティー〉! 亡きシーナもきっと空の上から聴いているに違いない。ラストはおなじみの〈JUMP〉だ。会場のあちこちでジャンプする人がいる。フェンス前まで来て踊る人もいる。演奏後、メンバー全員でステージに並びお辞儀をする彼らに観客から大きな拍手が送られた。

 ゴトウゆうぞうとカメリヤマキの幕間の遣り取りもブルース・カーニバルの楽しみのひとつ。フェス中の注意事項をブルースに乗せて歌う名物〈主催者からのお知らせブルース〉にまたまた懐かしさが込み上げてくる。「ギターがレイドバックしてたね」と言うゴトウに笑顔を返すカメリヤマキ。ゴトウは「10年休んでる間に64歳になった」そうだが、その歌もハーモニカ・プレイも健在だ。


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 二番手で登場したのはコージー大内。ギター単独弾き語りでの出演はブルース・カーニバルでは珍しく、国内アーティストでは初めてのはずだ。派手なシャツに赤いパンツ、ギターを抱えて椅子に座る彼は若干緊張しているようにも見える。それを察したかのように会場の方々から声援が飛ぶ。そんな彼も名刺代わりの〈おいどんは九州男児たい〉、軽快ブギ〈パンチdeデート〉と2曲を終えて調子が出てきたのか、2000人の観客に向けて「いい眺めばい!」と笑い掛ける場面も。続く〈おんぼろトレイン〉の頃には九州大分・日田弁で繰り出される唯一無二の“弁ブルース”の世界に観客もすっかり引き込まれてしまったようだ。初めてコージー大内を体験した人は大きな衝撃を受けただろうし、ファンにとっても野音で観る彼は新鮮だったはず。ラストは「子供のころ故郷で公民館に住んでいて、この時間になるとおふくろの鳴らしたサイレンを思い出します」と歌い出した〈大鶴村のサイレン〉。時計を見ると歌詞にある「午後五時」を過ぎたばかり。狙っていたとしたらなんとも粋な演出である。陽がすでに西に傾いた夕暮れ時、郷愁を誘うメロディに自身の両親のことを思い出し知らずと涙が溢れてきた。何度も聴いた曲なのに今までこれほど心に沁みた瞬間はなかった。


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 ゴトウゆうぞう&カメリヤマキが再び登場し、出演アーティストのCD物販について案内がされる。今回、山野楽器が出店するかたちで客席右後方の一角に販売ブースが設けられていた。「最近はCDが売れません! 野音で買ったほうがいい!」と煽っていたが果たしてどれぐらい売れたのだろうか……。

 酔いが回ったお客さんがそろそろ出始め会場が十分に温まったところに三番手、blues.the-butcher-590213の面々がお揃いの黒いスーツ姿でステージに現れた。前振りもなく永井ホトケ隆がスライド・ギターの3連フレーズで口火を切る。直近アルバムの冒頭を飾った“Blues Before Sunrise”だ。英語詞の原曲に拘り愚直なまでに王道ブルースを追求するブルーズ・ザ・ブッチャー。彼らがもはや「日本の」という枕詞など必要ない、本物のブルース・バンドだということを1曲目から見せつけてくれる。と、ここで早くもニューオーリンズから駆け付けたゲストの山岸潤史が参戦! 永井と山岸のかつてのバンド、ウエストロード・ブルース・バンドの持ち歌でもあったローウェル・フルスン“Tramp”をブチかます。KOTEZがステージ狭しと動き回り圧巻のハープ・ソロで魅せると、山岸もNO仕込みのファンキーなギター・ソロで応え、二人で掛け合いを繰り広げる場面も。続くプロフェッサー・ロングヘア“In The Night”も山岸の参戦に合わせた選曲なのだろう。気分はすっかりニューオーリンズだ。

 そして「50年前にウエストロードで野音でやった曲をやります」と前振りしたあと“First Time I Met The Blues”へ。それにしても山岸のギター・ソロのなんと表現力豊かなことか。間の取り方、感情の昂ぶりをジワジワとフレーズに乗せていく構成、これが半世紀以上ブルースを弾き続けた男の貫録だと思い知らされる。KOTEZが歌う“Te-Ni-Nee-Ni-Nu”に続き、マディ・ウォーターズ“Manish Boy”ではホトケの「I’m a man~!」という叫びに観客が「うぉ~!」と返す。「この曲ならこう」と演者と観客の間で気持ちが通じ会うのもブルース・フェスの醍醐味だろう。そして怒涛の“Killing Floor”へ。中條卓のベースと沼澤尚のドラムが生む鉄壁のグルーヴに自然と体が揺れる。ホトケと山岸のギターの掛け合い、リズミカルなカッティングを繰り出す山岸と沼澤の応酬に興奮は最高潮に達し、そのままラストの“Mojo Workin’”に突入、「Got my mojo workin’~」の定番コール&レスポンスで会場が一体となってフィナーレを迎えた。奇を衒うこともなく、ただまっすぐにブルースを演るだけでがっちりと観客の心を捉えてしまう。彼らの“ブルース・パワー”を感じたステージだった。


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 再びゴトウゆうぞう&カメリヤマキの幕間タイム。「コロナ収束、ウクライナに平和を」という願いを込めて“What A Wonderful World”(西岡恭三の日本語詞版だ)が披露された。ゴトウの奏でるカリンバの優しい音色が黄昏時の空に溶けていく。「青い空見上げて生きてると思えるのは何て素敵な世界なんだろう」——コロナ禍に生きる私たちになんと響く歌詞だろうか。さて、ブルース・カーニバルの幕間といえばもうひとつ名物がある。今回はないのだろうかと思っていたところに、やった!〈ブルース・クイズ〉の復活だ! ブルース・カーニバルのTシャツを賭けた出題は「ヒューストン・ブルースやジャンプ・ブルースで有名なテキサスですが、『太陽にほえろ!』でテキサス刑事を演じたのは誰?」というもの。正解が分かった人たちが席から立ち、カメリヤマキの弾く野球拳のテーマに乗ってゴトウとジャンケン勝負。本来は最後の数名になるとステージに上がって決着をつけるのだが、今回は3人が勝ち残ったところで全員にプレゼントということになった。

 たっぷりの幕間で準備も完了、いよいよ本日のトリを務める吾妻光良&The Swinging Boppersのステージ開幕だ。“Thing’s Ain’t What They Used To Be”でバンドが露払いをするなか、緑色のスーツに身を包んだ吾妻が登場。おお、あのダブルネック・ギターは! アール・フッカーの愛器ギブソンSGダブルネック、みたいな見た目のバーニー製モデルを90年代初頭に特価7万5千円で購入し、フッカー風にお手製「ミツヨシ」の銘をヘッドに貼ったやつだ。「重いから普段は使わない」と以前言っていたと思うが、野音の大舞台、気合を表れだろうか⁉ 芳醇なビッグ・バンド・サウンドにギターが切り込み、「Well, I’m going back to T-Town~」と吾妻が歌い出す。アーニー・フィールズ楽団で知られる“T-Town Blues”、彼らの初期からのレパートリーである。さらにライヴの鉄板曲〈最後まで楽しもう〉で一段ギアを上げていくバッパーズ。「最近どう⁉ 近頃どう⁉」のラップ・パートも快調、「87年、94年、2007年、今年も楽しもう!」と締めくくると客席から大歓声が起こった。次の“Come On Let’s Boogie”では吾妻が12弦ギター・ソロを披露。これは新鮮だ。


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 「野音に帰って来ました~! 意味もなくダブルネック持ってきました~!」というMCに(なんだ、気合入れてじゃないのか!)と心の中でツッコミを入れたとこで、吾妻に呼び込まれ登場したゲストの伊東妙子に目を奪われる。赤いワンピースでくるりと回り、膝を折って挨拶をする彼女、なんともキュートだ。しかし“Silent George”を歌い出すや、その小柄な体からは想像も出来ないハスキーで力強いヴォーカルに圧倒されてしまう。アルバム『Seven & Bi-decade』ではLeyonaがゲスト・ヴォーカルを務めていた曲だが、伊東版はまた違った色合いになっているのが面白い。「George, I’m givin’ you 24 hours to get out here! Love that Geroge!」のセリフでばっちりと締める。続く“Send Me To The Electric Chair”も堂々たる歌いっぷり。ベッシー・スミスやダイナ・ワシントンで知られるこの曲、本誌No.165のインタヴューで吾妻が「すごい」と絶賛していた伊東による日本語訳詞が見事にはまっていた。強烈なインパクトを残し伊東がくるりと舞いながら退場したころで吾妻のMCタイム。天候がどうなるか分からなかったとの理由で今日は予備の譜面台を持って来たそうだ。70年代から使っているというのが年季の入った外見から分かる。そして当時からの持ち歌であろう、「NHKの朝ドラの曲です」と前振りして始まったのは“On The Sunny Side Of Street”。早崎詩生のピアノ・ソロが実に美しい。ラストは「バッドラックの日もあるでしょう! バスター・ベントンの“Spider In My Stew”みたいな曲です!」とお馴染み〈俺のカツ丼〉だ。観客を見渡せば誰もが笑顔で体を揺らしている。もし昼に食べたカツ丼にゴキブリが入っていたような人だって今夜のショウでハッピーになれたに違いない。「グッナイ、トーキョー! ナマステ!」と別れを告げる吾妻に惜しみない拍手が送られた。


撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

 ブルース・カーニバルはアレがないと終わらない!と期待した通り、出演者&司会者揃い踏みのオールスター・ジャムでフィナーレだ。吾妻のカウントでスタートしたのはリトル・ミルトン“The Blues Is Alright”。まずはホトケがヴォーカルをとり、「オーライ!」のコール&レスポンスで総立ちの観客を煽る。三宅のギター・ソロ、KOTEZのハープ・ソロを挟んで今度は吾妻が歌い、鮎川が爆裂ギターでソロをとれば、山岸がファンキーなソロで返す。と、ここでホトケが“Sweet Home Chicago”に歌い繋ぎ、続く三宅は日本語詞で「スウィート・ホーム、トーキョー!」と盛り上げ、伊東妙子にバトンタッチ。さらにコージー大内が同じ歌とは思えない弁ブルース全開ヴァージョンで歌い締めて大団円となった。

「また来年! 戦争せずにブルースしよう!」—— ゴトウの声が夜空に響く。冷めやらぬ興奮と祭りのあとの寂しさのなか、「来年もきっとこの場所で」という想いを胸に会場を後にした。


写真提供・協力:M&Iカンパニー


撮影:井村猛

ヘッダー写真 撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー

【セット・リスト】

三宅伸治&The Red Rocks
1.ブギシンジ
2.It’s Alright
3.歩くよ
4.ブルースの子ども
5.ベートーベンをぶっとばせ
6.Boom Boom
7.レモンティー
8.JUMP

コージー大内
1.おいどんは九州男児たい
2.パンチdeデート
3.おんぼろトレイン
4.大鶴村のサイレン

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1.Blues Before Sunrise
2.Tramp
3.In The Night
4.First Time I Met The Blues
5.Te-Ni-Nee-Ni-Nu
6.Manish Boy
7.Killing Floor
8.Got My Mojo Workin’

吾妻光良&The Swinging Boppers
1.Thing’s Ain’t What They Used To Be
2.T-Town Blues
3.最後まで楽しもう
4. Come On Let’s Boogie
5.Silent George
6.Send Me To The Electric Chair
7.On The Sunny Side Of The Street
8.俺のカツ丼

=オールスター・ジャム=
1.Blues Is Alright ~ Sweet Home Chicago


※6月25日発売『ブルース&ソウル・レコーズ』No.166にて妹尾みえ氏による《TOKYO BLUES CARNIVAL 2022》ライヴ・リポートを掲載しています。また、永井ホトケ隆氏の連載『Fool’s Paradise』と吾妻光良氏の連載『Blues Is My Business』でも当日の裏話が紹介されています。是非ご一読を。

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