ゴスペルの発展には教会だけでなく、その外からの影響もあったことは忘れてはいけない。“ゴスペルの父”であるドーシー自身が世俗の音楽を出発点にしていたのだ。なかでも1930~50年代にかけてゴスペル歌唱のスタイルの大きな一角を占めていたカルテットは、バーバーショップ・ハーモニー(文字通り床屋で歌われたアカペラによる歌)と密接な関係があり、世俗のヴォーカル・グループ、ミルズ・ブラザーズから影響をうけたというカルテットもいる。ブルースやジャズからの音楽的な影響はその後も続き、ゴスペルの発展と普及に欠かせないものとなった。
ゴスペルが受けた影響よりもゴスペルが与えた影響の方が頻繁に語られてきた。その最たる例が、ソウル・ミュージックだ。ソウル・シンガーと呼ばれる人のほとんどが、ゴスペルをルーツにもつ。ゴスペルを歌っていた人がソウルを歌うようになる、という例は多い。サム・クックとジョニー・テイラーがソウル・スターラーズの出身だということはよく知られているし、レイ・チャールズもボビー・ブルー・ブランドもゴスペルを歌っていた。個人的な話になるが、最初にゴスペル・カルテットを聴いた時、これはソウルと一緒じゃないかと驚いた。60年代のブリティッシュ・ロックを聴いていた人が、オリジナルのブルースを聴いて、これがルーツ(元ネタ)だったのか!と驚くのと同じようなものである。ミック・ジャガーはドン・コヴェイそっくりだね、と思うのと同じように、ウィルスン・ピケットはジュリアス・チークスの影響大だね、と思うのである。
“Jesus Gave Me Water” - THE SOUL STIRRERS
ゴスペル・カルテットにさまざまな革新をもたらしたソウル・スターラーズ。1951年のサム・クック加入によりグループは新時代を迎え、サムのリードでこのスペシャルティ録音“Jesus Gave Me Water”や“Nearer To Thee”など多くの名作を生んだ。
50年代はゴスペルの役割、言い換えれば教会の役割に注目が集まった。つまり、公民権運動の高まりとともに、黒人たちや彼らを支援する人々の結束を高めるものとしてゴスペルや古い黒人霊歌が公の場で歌われるようになる。公民権運動家として活動したワイアット・T・ウォーカーは著書『だれかが私の名を呼んでいる』(梶原寿訳/新教出版社)で、「南部におけるフリーダム・ムーヴメントは、現在広く受け入れられているモダンないしポップ・ゴスペルの先駆者となった」と語っている。つまり、黒人社会の内外で、(ゴスペルの時代に歌われ続けた)黒人霊歌の再発見がなされたと言っていい。ソウル・ミュージックが急激に受け入れられたのはこうした背景があったから、と考えてもいいのではないだろうか。黒人音楽だけでなく、公民権運動が高まった50~60年代以降にはロック・アーティストたち、例えばレオン・ラッセルやデラニー&ボニーなども同様にゴスペル時代の黒人霊歌を歌っていたし、メイヴィス・ステイプルズが2010年作『ユー・アー・ノット・アローン』で取り上げていたクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルの〈すべての人に歌を(“Wrote The Song For Everyone”)〉(1969年『グリーン・リヴァー』所収)もその曲調や歌詞のメッセージから、そうした時代の流れを受けて生まれたものといっていいかもしれない。
"Wrote A Song For Everyone" - Creedence Clearwater Revival
のちに“ゴスペルの黄金時代”と名付けられた時期(1940年代半ばから50年代半ばまで)が過ぎ、ポップ・ゴスペルと呼ばれる、教会の外のゴスペルが出てきた50年代後半は、ソウル・ミュージック勃興の時期と重なる。モータウンやスタックスなど、ソウルを代表するレーベルからは、ゴスペルを根っこに持つシンガーがスターとなっていった。ソウルの隆盛によって、ゴスペルにもその影響が現れ、そこから新しい世代によるゴスペルが生まれていった。その象徴的なアーティストがエドウィン・ホーキンス・シンガーズやアンドレ・クラウチだった。
60年代、70年代と時代が進むにつれて、ゴスペルのモダン化も進み、同時代のソウル/ファンクとの相互影響は当たり前のように行われていく。ジェイムズ・ブラウンにしても、スライ&ザ・ファミリー・ストーンにしても、ジョージ・クリントンのPファンクにしても、ゴスペルとの親和性は高い。ファンカデリックの78年作『ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ』のタイトル曲は、非常にゴスペル的だと言っていいだろう(歌詞の面においても)。いわば音楽的な面での境界線がどんどんなくなっていったのだ。80年代、90年代、そして21世紀に入ってもその傾向は進み、もはや歌詞を除いた楽曲的な面で聖俗を分類するのは困難である。
時代とともに変わってきたゴスペル。その出発点にあった黒人霊歌は、当時の奴隷たちにとって自らの存在を確かめ、人間性を維持するためになくてはならないものであった。やがてそれはゴスペルへと受け継がれ、環境が大きく変わった今も、その役目を果たし続けている。■
文:BSR編集部
(『ブルース&ソウル・レコーズ』2011年4月号No.98掲載「ゴスペルななめ読み」を一部改訂)
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