ブルース&ソウル・レコーズ

【ゴスペル入門 Vol.1】ゴスペルを知ろう!〜駆け足で追うその歩み 前編

ゴスペルの歴史は長い。すでに100年近くが経つ。と言ってみたものの、ゴスペルの出発点はどこにあるのだろう。ゴスペルがどのような歩みを経てきたか、駆け足でみていこう。

“ブルースの父”と呼ばれるのはW.C.ハンディだが、“ゴスペルの父”と呼ばれるのはトーマス・A・ドーシーだ。ハンディはアメリカ南部に広まりつつあったブルースを耳にし、世に広めたことで“父”となった。しかしハンディはブルースの普及に一役かったが、その後のブルースの発展において、とくにブルースを生みだした層への影響力はそれほど大きなものではなかったと言っていいだろう。一方、ドーシーは“ゴスペルの父”になる前に、世俗の音楽家として成功していた。1920年代から30年代にかけての話だ。“ブルースの母”とも呼ばれる女性シンガー、マ・レイニーの片腕としても活躍し、自らもジョージア・トムの名で活動、タンパ・レッドと組んで〈イッツ・タイト・ライク・ザット〉の大ヒットを飛ばした人物である。その彼がなぜゴスペルを?といういきさつはドキュメンタリー映画『マザー』に詳しい。(巡業生活に疲れ果てたドーシーはいったんミュージシャン業から引退するが、ある牧師の説得により教会音楽の世界でカムバックすることになった。)


トーマス・A・ドーシー

ドーシーが“ゴスペルの父”であるのは、彼が名曲をたくさん書いたことに加え、それを楽譜として販売し、広めたことにある。1930年代前半から40年代半ばにかけて、サリー・マーティンら女性シンガーたちと一緒に米国各地の教会を巡り、新しい歌=ゴスペルの普及に努めたのだ。最初は受け入れらないこともあった。彼の書くゴスペルには、ジャズやブルースの音楽的要素が入っており、それゆえに時には教会の音楽としてふさわしくないとされてしまったのだ。しかし、彼の曲を受け入れる教会は徐々に増え、軌道に乗り出すと楽譜は飛ぶように売れたという。こうしてゴスペルは、全米各地で根づいていく。

ドーシー以外にもすぐれたソングライターがおり、新しい歌が次々と作られたが、一方、18世紀半ばに誕生したといわれる、黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアルズ)や讃美歌(オールド・ヒム)を、ゴスペルの時代にあったテンポやメロディに変えて歌うこともあった。例えば、ゴスペル時代へと歌い継がれた黒人霊歌には“Steal Away”や“This Little Light Of Mine”、“Oh, Freedom”などがある。英国人牧師ジョン・ニュートンが18世紀末に詞を書いた“Amazing Grace”、1969年にエドウィン・ホーキンス・シンガーズがヒットさせ広まった“Oh, Happy Day”などはもともと古い讃美歌だった。20世紀初頭にニューヨークの黒人知識層が興した文化運動「ハーレム・ルネッサンス」の担い手ジェイムズ・ウェルドン・ジョンスンの書いた“Lift Every Voice And Sing”、ゴスペル黎明期にその普及に貢献した教育者チャールズ・A・ティンドリーによる“We’ll Understand It Better By And By”などが、ドーシーの代表作“Take My Hand, Precious Lord”と同様に今も歌い継がれている。現在「ゴスペル」と呼ばれる音楽ジャンルの中には、実は出自の異なる歌が混在しているのだ。


"Take My Hand, Precious Lord"- Thomas A. Dorsey · Marion Williams

そして、“ゴスペル”という新しい歌の誕生と共に、新しい歌い手が生まれていく。ゴスペル草創期に数多くのシンガーを指導し“マザー”と呼ばれたウィリー・メイ・フォード・スミス、「ゴスペルの女王」と称されるマヘリア・ジャクスン、ギターを弾き歌ったシスター・ロゼッタ・サープなど優れた女性シンガーたちが数多く登場した。1930~50年代には強力なシンガーを擁したゴスペル・カルテットが次々と現れ人気を博した。R.H.ハリスがリードを務めたソウル・スターラーズやアーチー・ブラウンリー率いるファイヴ・ブラインド・ボーイズ・オブ・ミシシッピなどがそうだ。(後編へ続く)■

文:BSR編集部

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Various Artist『Precious Lord: Recordings Of The Great Gospel Songs Of Thomas A. Dorsey』
(Columbia CK 57164)CD 1994

“Take My Hand, Precious Lord”などトーマス・A・ドーシーが書いたゴスペル曲の、マリオン・ウィリアムズやR.H.ハリスらによる名演を纏めたコンピ盤。