ブルース&ソウル・レコーズ

アルバムの重みを増した〈ローリング・ストーン・ブルース〉〜ザ・ローリング・ストーンズ『ハックニー・ダイアモンズ』を聴く

アルバムの重みを増した〈ローリング・ストーン・ブルース〉〜ザ・ローリング・ストーンズ『ハックニー・ダイアモンズ』を聴く

文/濱田廣也(ブルース&ソウル・レコーズ)

2016年のブルース・カヴァー・アルバム『ブルー&ロンサム』から7年、オリジナル・スタジオ作としては2005年の『ア・ビガー・バン』以来となるザ・ローリング・ストーンズの『ハックニー・ダイアモンズ』を聴き終えて、真っ先に思い浮かんだのは、ストーンズ誕生に至るあまりにも有名なエピソードだった。

1961年10月17日、17歳のキース・リチャーズが数年ぶりにミック・ジャガーと出会ったとき、ミックはチャック・ベリーのLPとマディ・ウォーターズのLP『ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』を手にしていた。キースがマディの伝記『Can’t Be Satisfied: The Life And Times Of Muddy Waters』(Robert Gordon著/未訳)に寄せた序文によれば、そのときキースはチャックのことは知っていたけれど、マディの名前は知らなかったという。そしてミックの家に行き、マディのアルバムを聴いて一言。「ワオ、もう一回」。そして10時間以上、繰り返し聴き続けたと記している。マディ・ウォーターズのブルースはたちまち青年キースの心を掴み、ミックと歩む道を示したのだった。

それから62年。キースとミックは『ハックニー・ダイアモンズ』の中でマディの〈ローリング・ストーン・ブルース〉(〈ローリン・ストーン〉)を歌っていた。先のLPに収録されていたこの曲がバンド名の由来となったことを思いながら、これぞストーンズとしかいいようがないアルバムの最後に、二人だけの演奏によって、彼らの出発点となるマディの曲が収められていることに深く感慨を抱いたのは私だけではないだろう。

ここではマディの〈ローリン・ストーン〉を少し掘り下げてみたい。

*なまずに表れた自信

マディ・ウォーターズが1950年2月にシカゴで吹込んだ〈ローリン・ストーン〉は同じセッションで録音した〈ウォーキング・ブルース〉とのカップリングで同年6月にリリースされると、シカゴやデトロイト、セントルイス、メンフィスといった北部から中西部、南部に至る各都市で人気を得て、南部一帯でも好調なセールスを記録した。このヒットによってマディは昼間の仕事を辞め、演奏活動に専念できる環境が整ったといわれている。そこからシカゴ・ブルースのボスへと上り詰め、ブルースを代表するシンガーとして君臨していくことになる。〈ローリン・ストーン〉はマディにとって大きな転機となった一曲だった。このときマディは37歳(1915年生まれ説をとれば35歳)。ミシシッピからシカゴへと出てきて7年が経過していた。

得意のスライド奏法は用いずに、自身のエレキ・ギターだけを伴奏にした〈ローリン・ストーン〉は、マディの故郷ミシシッピでよく知られていたブルースが下敷きになっている。マディ以前に録音されたものでは、ロバート・ペットウェイの〈キャットフィッシュ・ブルース〉(“Catfish Blues”/1941年3月28日録音)、トミー・マクレナンの〈ディープ・ブルー・シー・ブルース〉(“Deep Blue Sea Blues”/1941年9月15日録音)が代表的だが、歌詞はそれぞれ異なり、マディの〈ローリン・ストーン〉もその2曲と共通する部分はあるものの(歌詞の構成はマクレナン版に近い)、タイトルになった「ローリン・ストーン」という言葉を用いるなど、独自の歌に仕上げた。

〈ローリン・ストーン〉の歌詞には「キャットフィッシュ(なまず)」が登場する。「俺がなまずだったら、美女たちに釣り上げられる」と歌う。そこには男としての自分の魅力、異性を惹きつける力の誇示が垣間見える。ブルースからヒップホップまで、ブラック・ミュージックではボースティング(boasting)といわれる自己顕示や自慢を織り込んだ歌詞がしばしばみられ、この曲もそのひとつといえそうだ。一方、マディが手本としたであろうマクレナンの〈ディープ・ブルー・シー・ブルース〉では「キャットフィッシュ」が「ブルフロッグ(牛ガエル)」に置き換えられている。カエルが海に?という疑問も浮かぶが(なまずも海にいないけれど)、カエルは南部のブルースにはよく登場する動物のひとつで、文脈により様々な意味が与えられてきた。マディの「なまず」が自信満々に見えるのに対し、マクレナンの「牛ガエル」は打ちひしがれた男を映しているようだ(歌の冒頭で主人公は涙にくれている)。この違いはマディ・ウォーターズという人物を捉えるときに重要な視点を与えてくれる。

*異性を惑わすアウトサイダー

『ハックニー・ダイアモンズ』の日本盤では「ローリン・ストーン」を「根無草」と訳している。ひとつのところに定着しない、ふらふらと放浪している人ということだ。1920〜30年代に録音されたブルースにしばしば登場する人物像で、ローリング・ストーンズとのつながりでいえば、〈プロディガル・サン(放蕩息子)〉の原作者ロバート・ウィルキンスも〈ローリング・ストーン〉(1928年9月7日録音)という曲を残した。

マディの〈ローリン・ストーン〉の歌詞では、歌の主人公の母親はみごもっているときに「この子は“ローリング・ストーン”になる」と夫に告げる。「転がる石には苔が生えぬ(A rolling stone gathers no moss)」ということわざが、元々は「落ち着きのない人は成功しない」と戒める意味であったように、母親も子の行く末を案じていた可能性もあるが、「ローリング・ストーン」であることは必ずしも堕落を意味するわけではなかった。ブルース研究家のスティーヴン・カルトはブルースに登場する言葉を解説する自著の中で、シルヴェスター・ウィーヴァーの〈ダッズ・ブルース〉(“Dad’s Blues”/1927年8月31日録音)を例に挙げて、「ローリング・ストーン」の別の意味も取り上げている。同曲では「転がる石には苔が生えぬ」と昔の人は言うけれど、耐え忍んでひとつのところにいるより、よそに移った方がいい、と歌われる。

マディの〈ローリン・ストーン〉では間男が描かれ、「ローリン・ストーン」は異性を惹きつける魅力を持っている人物でもあることが示唆されている。先述の「この子は“ローリン・ストーン”になる」という一節には、「この子は魅力的な男になる」という意味が含まれていたと考えることもできるだろう。性的魅力の持ち主としての人物像は、ウィリー・ディクスンが書いたマディの代表曲〈(アイム・ユア)フーチー・クーチー・マン〉(“(I’m Your) Hoochie Coochie Man”/1954年1月7日録音)で明確に描かれるが、その冒頭では、生まれてくる子は「a son of a gun(とんでもないやつ)」になると占い師に予言される。その「とんでもないやつ」は女たちを惹きつけ、夢中にさせる。この一節から〈ローリン・ストーン〉の延長線上に〈(アイム・ユア)フーチー・クーチー・マン〉があるとするのは乱暴な推論ではあるが、「ローリン・ストーン」も「フーチー・クーチー・マン」もアウトサイダー的存在であり、どちらもマディの力強い歌声によって、タフな人物として描かれた。それがカリスマ的な魅力を備えたブルース・シンガーとしてのマディのイメージに重ねられもした。

マディは1960年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァル出演時に〈ローリン・ストーン〉を演奏、その貴重な映像が残されている(同ステージを収めたライヴ盤には未収録)。男の色気を撒き散らすマディの姿は、性的魅力に満ちた「ローリン・ストーン」としての姿そのものであった。

 

ローリング・ストーンズにとってゴッドファーザーともいえるマディ・ウォーターズ。そのマディの人生の転機となり、自分たちの人生をも変えた大事な一曲をアルバムの最後に収めたことで、『ハックニー・ダイアモンズ』の重みはさらに増した。それはひとつの物語にピリオドが打たれたようにも感じさせるが、ミック・ジャガーは新たなアルバムへの意欲を語っている。

キース・リチャーズは〈ローリング・ストーン・ブルース〉についてこう言った。

「いいかい、バンドのことを知りたければ……これだよ、ベイビー」(渡部潮美訳、日本盤ブックレットより)

[追記]
マディの〈ローリン・ストーン〉は、1950年の発売時には“Rollin’ Stone”と表記。『ハックニー・ダイアモンズ』では“Rolling Stone Blues”とされている。なお、57年発売のLP『The Best Of Muddy Waters』(Chess LP 1427)では“Rollin’ Stone”、59年に発売された同LPの英ロンドン盤(London LTZ-M 15152)では、アルバム・ジャケットおよびレーベルの表記は“Rollin’ Stone Blues”だった。

 

(左)マディ・ウォーターズ〈ローリン・ストーン〉の78回転盤シングルのレーベル写真
(右)『ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』の英ロンドン盤レーベルの写真

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ザ・ローリング・ストーンズ
『ハックニー・ダイアモンズ』
CD(ユニバーサル UICY-16194)[デジパック仕様]

CD(ユニバーサル UICY-16195)[ジュエルケース仕様]

日本盤のみボーナス・トラック1曲収録/英文解説翻訳付/歌詞対訳付/SHM-CD

LP(ユニバーサル UIJY-75239)[直輸入仕様/限定盤]
日本盤のみ英文解説翻訳付/歌詞対訳付

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『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ+8』
(ユニバーサル UICY-75949)
オリジナルLP収録曲に〈ローリン・ストーン〉の別テイクなど8曲を追加したCD。

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Various Artists
Confessin' The Blues
(BMG BMGCAT155CD)
2018年にローリング・ストーンズ協力のもとに組まれたCD2枚組のブルース・コンピレーション。冒頭を飾るのはマディの〈ローリン・ストーン〉だ。