2023.5.30

【鈴木啓志のソウル・レコード・レーベル物語 第1回】ゴールドワックス -後編

60年代からブラック・ミュージックを探求し続ける音楽評論家、鈴木啓志さんが忘れられないレコード・レーベルの足跡を追う大人気連載《なるほど!ザ・レーベル》。連載開始から17年、No.172で第100回を迎えるのを記念してタイトルも新たにウェブで第1回から大公開! 前編はこちらから


 【第1回】サザン・ソウル黄金のレーベル、ゴールドワックス -後編

ローカル色が黄金に輝く時 ― ゴールドワックス・サウンド

ゴールドワックスが抜きん出ているのは、こうしたすばらしいアーティストを抱えていたというだけでなく、一聴してわかるような独自のサウンド/スタイルを持っていたという点だ。これには、スタジオとミュージシャンによる所が大きい。スタックスはマクレモアにあった劇場を改造したスタジオで、ハイは独特の構造を持つロイヤル・レコーディング・スタジオで独自のサウンドを作り出したが、クランチらはスタジオを持たず、ラリー・ロジャーズの持つリン=ルー・スタジオ、先の友だちのよしみでサウンズ・オブ・メンフィスやサンのスタジオを借りていた。それがかえってローカル色豊かな響きを増幅させる効果を生んだ。さらにミュージシャンとして、ギタリストのクラレンス・ネルスンを擁していた点も大きい。彼は既にO.V.の〈ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラヴ・イズ〉に参加しており、67年くらいまで働きづめで通している。さらに111番からはジーン“ボーレッグズ”ミラーも登場、彼のバンドがいわゆる“ゴールドワックス・サウンド”の骨格を成していく。

だが、ここで問題が起きた。配給元であるヴィー・ジェイがビートルズ争奪戦で敗れたことも手伝い、ガタガタとなって倒産してしまうのだ。順調に行っていたかに見えたゴールドワックスはほぼ20枚で方向転換を余儀なくされる。

クランチらが次に配給先を求めたのはニューヨークのベルだった。当時ベルの勢いはたいしたもので、アトランティック系に対抗できる唯一のソウル・レーベルがベル系といわれていたものだ。ゴールドワックスは黄色地のおなじみのデザインに変え(時にベルの青色も使われた)、オヴェイションズの“Don’t Cry / I Need A Lot Of Loving”(Goldwax 300)をその第1弾として送り出す。年は既に66年に入っていた。だが、この成果が如実に現れたのはジェイムズ・カーの方だ。彼の“You’ve Got My Mind Messed Up”(Goldwax 302)は4月にはソウル・チャート入りし、7位まで上がる。ジェイムズの最大ヒット曲はよく〈ザ・ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート〉と思われがちだが、チャート上の最高位はこちらの方が上だった。マクリントンの作った曲を彼は魂をぶつけるように歌っている。まさにジェイムズ・カー・スタイル、ゴールドワックス・サウンドの完成といっても良かった。その曲は彼の記念すべきデビュー・アルバムのタイトル曲ともなった。この300番台の最初から20数枚の時期が彼にとって、そしてゴールドワックスの面々にとっても最も実りの多き時だったろう。彼に加え、スペンサー・ウィギンズ、パーシー・マイレムといういわば三羽烏が揃い、力を競い合ったからだ。だが、ジェイムズが9曲のチャート作品を残したにもかかわらず、他の2人は残念なことにチャート作品を残すことはできなかった。


THE OVATIONS – “Don’t Cry / I Need A Lot Of Loving”
(Goldwax 300)1965

スペンサーは既に65年に“Lover’s Crime / What Do You Think About My Baby”(Bandstand USA 1004)でデビューしていた。このバンドスタンドUSAというのは、ゴールドワックスに少し遅れてクランチ=ラッセルが作ったレーベルで、他にビッグ・ラッキー・カータードロシー・ウィリアムズのブルース/R&B系の作品が残されているところから、ブルース系のレーベルとみなされがちだが、白人バンドのメリッツもいたし、カントリー歌手もいた。要するに、レーベルを分散させていた方が経営しやすいという理由だったのだろう。


Big Lucky Carter – “Ohio Bound / Hurricane Blues”
(Bandstand USA 1003)1965

もうひとつ1枚だけレコードのあるビンゴというレーベルもあった。“Will I Ever Be Free / The Greasy Frog”(Bingo 1001)がそれで、歌っている人はジェブ・スチュアートという。スタックスのミュージシャンも入れてサン・スタジオで録音されたものだが、かつてPヴァインがスリーSと契約していた時に日本で出されたことがあり、その権利関係に関しては疑問に思っている。

300番台のゴールドワックスの密度の濃さは、数多い黒人系のレーベルの中でも群を抜いている。なにしろ出されたシングル44枚のうち、白人アーティストは8枚のみ。36枚はどれもこれもソウルフルに輝いている。中でも、ジェイムズの先の曲に加え、〈ラヴ・アタック〉や〈ジーズ・エイント・レインドロップス〉、オヴェイションズの〈ライド・マイ・トラブルズ&ブルース・アウェイ〉や〈ミー&マイ・イマジネーション〉、スペンサー・ウィギンズの〈テイク・ミー・ジャスト・アズ・アイ・アム〉や〈アップ・タイト・グッド・ウーマン〉、パーシー・マイレムの〈クライング・ベイビー・ベイビー・ベイビー〉、エディ・ジェファスンの〈ホウェン・ユー・ルック・イン・ザ・ミラー〉、“ウィ”ウィリー・ウォーカーの〈ゼア・ゴーズ・マイ・ユースト・トゥ・ビー〉などは歴史に残る名作としてまず挙げなければならないだろう。

変化と終焉 ― 短期間で燃え尽きた名門レーベル

だがゴールドワックスもまた時代の波にのみ込まれざるを得なかったことも確かである。68年にジェイムズ・カーが“A Man Needs A Woman”(Goldwax 332)のヒットを放ち、2枚目のアルバムを作った頃から、ミュージシャンは入れ替わり、ゴールドワックスのカラーは少しずつ変化していった。スタジオとしてマスル・ショールズのフェイムを借りるようになったのもこの頃である。それでも、“Freedom Train / That’s The Way Love Turned Out For Me”(Goldwax 338)の大傑作があるではないか、と人は言うかもしれない。だが、この後1年もたたずしてこの会社は倒産してしまうのだ。この現実の前で我々は改めて言葉を失わざるを得ない。

ゴールドワックスの歴史はわずか6年に満たないものであった。だが、その中にどれだけの夢が含まれていたことだろう。どれだけ才能ある人たちがその中で格闘し、体をぶつけて音にしようとしたことだろう。その大半は報われないまま、10数年いや30数年たってようやく光が当てられてきたのだ。残された数々の作品が身近になったことを喜びながらも、歴史の不条理に再度ため息がでる。

▶︎前編はこちら


O.B.マクリントンの作品
I’m Just That Kind Of Fool For You (Oboe)
Trying To Make It (Oboe)
She’s Better Than You (Oboe, James Carr)
Lovable Girl (James Carr)
Forgetting You (James Carr)
You’ve Got My Mind Messed Up (James Carr)
A Man Needs A Woman (James Carr, Oboe)

ルーズヴェルト・ジャミスンの作品
So Hard To Get Along (The Lyrics)
There Goes My Used To Be (O.V. Wright, "Wee" Willie Walker)
That’s How Strong My Love Is (O.V. Wright)
You Don’t Want Me (James Carr)
Lover’s Competition (James Carr)
I Can’t Make It (James Carr)
That’s What I Want To Know (James Carr)
Dance Party (The Ovations)

※括弧内はシンガー


【CDで聴くゴールドワックス】

Various Artists『The Goldwax Story Volume 1』
(ACE/KENT CDKEND-203 / Pヴァイン PCD-3249)

タイトル通り、ゴールドワックスの歴史を伝えるオムニバス・コンピレーション。O.V.ライト、リリックス、ウィリー・ウォーカーらを収録

Various Artists『The Goldwax Story Volume 2』
(ACE/KENT CDKEND-225 / Pヴァイン PCD-3292)

上掲盤と対を成す第2弾。パーシー・マイレム、バーバラ・ペリーらを収録。

JAMES CARR『You Got My Mind Messed Up』
(ACE/KENT CDKEND-211/Pヴァイン PCD-17680)

ゴールドワックスの顔となったシンガー、ジェイムズ・カーのファースト・アルバムに12曲追加したCD。

THE OVATIONS featuring LOUIS WILLIAMS『The Goldwax Recordings』
(ACE/KENT CDKEND-246 / Pヴァイン PCD-2598)

サム・クック系シンガーの筆頭、ルイス・ウィリアムズを中心にしたオヴェインションズの、全26曲入りCD。

SPENCER WIGGINS『The Goldwax Years』
(ACE/KENT CDKEND-262 / Pヴァイン PCD-2634)

今年2月に亡くなった屈指のサザン・ソウル・シンガー、スペンサー・ウィギンズの未発表曲も含めた全22曲入りCD

初出:『ブルース&ソウル・レコーズ 』2006年12月号No.72 「鈴木啓志のなるほど!ザ・レーベル」第1回


鈴木啓志

1948年北海道函館市生まれ。3歳の頃から東京に住み、現在川崎市在住。横浜国立大学経済学部卒。在学中にブルースやソウルのファン・クラブに深く関わるようになり、同時に執筆活動を開始、ブラック・ミュージック専門の音楽評論家となる。著書としては『R&B、ソウルの世界』(ミュージック・マガジン)、『ソウル・シティUSA~無冠のソウル・スター列伝』(リトル・モア)、『ゴースト・ミュージシャン~ソウル黄金時代、アメリカ南部の真実』(DU BOOKS)、『US Black Disk Guide』(編著/ブルース・インターアクションズ)などのほか、趣味の将棋の知識を活かした『東海の鬼 花村元司伝』(日本将棋連盟)もある。

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