2018.9.17

【特集:伝えておきたいブルースのこと】㊸ビートルズ世代のブルース

ロバート・クレイと80年代の新しい芽
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ロバート・クレイ www.mascotlabelgroup.com

 70年代はブルースマン死去の報が次々と届いていたこともあり、「ブルースは死んだか」という議論がファンの間で起きていたというが、古いスタイルのブルースは無くなりつつあっても、異なる形でブルースは生き続けていた。

 80年代に入ると、新しい世代のブルースが浮かび上がってくる。シカゴでは、サンズ・オブ・ブルース(ブルースの息子たち)を名乗る若いミュージシャンが登場した。1951年生まれのビリー・ブランチ、53年生まれのカルロス・ジョンスン、マディ・ウォーターズ・バンドでも活躍したキャリー・ベルを父に持つ、58年生まれのルリー・ベルたちだ。彼らは50年代から活動するヴェテランがまだ健在だったシカゴのブルース・シーンで力を付けた。伝統を受け継ぎながら、新しい風を起こそうとする、新世代の活きのいいブルースを作り出していた。

 彼らと同世代の1953年生まれながら、まったく異なる形でブルースの道に入ったのが、ロバート・クレイだ。クレイがギターを始めたのはビートルズの影響だったといい、二十歳のときにアルバート・コリンズのステージを観て、ブルース・バンドをやろうと決心したという。十代の頃にAMラジオで聞いたソウル、ゴスペル、ロック、ポップス、ジャズ、レゲエ。クレイは広範な音楽に対して常にオープンであることが彼の音楽を新鮮にしていると語ったことがある。クレイの作品に見られる、しなやかな身のこなしはそうした彼の姿勢によるものなのだろう。

 黒人社会の中で特別な役割を果たすブルースの伝統とは離れたところにクレイは立っている。同じ「ブルース」という音楽でも、これまで強く根を張っていた下層黒人社会という土壌とは別の場所で咲くブルース。クレイは、60年代から始まったロック・マーケットの中で生きるブルースの最新型だともいえる。1986年にポップ・チャートで22位のヒットを記録した彼の〈スモーキング・ガン〉は、R&Bチャートに顔を出すことはなかった。それは彼のブルースがどこを向いて、誰に響くものなのかを示している。

 クレイは1986年に大先輩アルバート・コリンズ、ジョニー・コープランドとの新旧世代によるブルース・ギター・バトル作『ショウダウン!』で、グラミー賞を獲得した。エリック・クラプトンやスティーヴィ・レイ・ヴォーンとのツアーも行ない、順調にキャリアを築いてきた。そして、2009年のアルバム『ディス・タイム』でまた一皮むけた。取り上げるのは、それまでと変わらぬブルースとソウルのクレイ流混合作品だが、歌もギターも実に生々しく響いている。続けて『ナッシン・バット・ラヴ』(2012年)、『イン・マイ・ソウル』(2014年)とキャリアを代表する充実したアルバムを発表した。

 80年代に〝ブルースの救世主〟と言われた、異なる根を持つ新しいブルースの芽は、いまや立派な大木となった。

Robert Cray / Strong Persuader (Mercury/Hightone , Robert Cray Band / Nothin But Love
〈スモーキング・ガン〉を収録した1986年作[右上]と、2012年作[手前]
Robert Cray / Strong Persuader
(Mercury/Hightone 830 568-1 M-1) [1986]
Robert Cray Band / Nothin But Love
(Provogue PRD 7377 1) [2012]

Albert Collins/Robert Cray/Johnny Copeland  Showdown!
Albert Collins/Robert Cray/Johnny Copeland
Showdown! (Alligator AL 4746) [1985]

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